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天神蔵ギャラリー「梅の会」より②(8月12日)
天神蔵ギャラリー「梅の会」より②(8月12日)

鈴木まさ子さんの書を通じて敗戦前の日本の国柄の一端に思いを馳せることが出来たが、その観点よりもうひとつ特筆すべき展示があった。それは、中村会長がワープロで清書され、中村淑専務が校正し出来上がった「思い出の記」という私家版の冊子(A5版、50余ページ)である。著者は中村会長のお祖母さんの出である引佐郡三ヶ日町の山田家のともさん(明治32年-平成9年)である。第一章の「一年間の行事」はいわゆる歳時記であるが、一月から十二月までの行事、生活風習が月次に、また日付入りで細密に記されている。
一月 正月元旦 みんなねむさを忘れて若水汲を誰が早いか競争で起きる。
二月七日 七草粥 朝食に神々様へお祭りし終わってから家族一同戴く。
三月末は学校も休みで汐干狩に新居弁天へ…大人も子供も仲良しとなって汐干狩は楽しい。
四月十六日は伊勢講で…一同が集まるとお清よめして皇太神宮の掛軸へ向かってお拝みをしてお膳に着く。
五月 農作業が多忙になる。天気良ければ麦刈り。籾撒きが始まる。
六月 田植えが始まる。愛宕山の東に段々の田が有るので日曜日田植えに連れていって貰う。
日本が年間を通じてお祭りをベースにして諸々の活動が展開されていた社会であったことがわかる。精確な記述ぶりに驚きを感じた。当時の空気が生き生きとよく伝わってくるのである。私も浜松在住歴24年、ともさんが生まれた引佐郡三ケ日町都筑を始め、記載されている地名が分かるので親近感も沸くのである。敗戦によってアメリカ文化が大量に流入する前の日本は、自然との一体感を基調として神仏をごく身近なものとして生きていた社会であった。来年は明治天皇が崩御されてから百年の年にあたることを今日袋井の可睡斎で知ったのであるが、当時のことも記されている。”天皇陛下の御重態を聞き心配に成り…(店の)若者達を誘って近くの氏神様へ御祈願祈願に行く。七月三十日今上陛下は遂に
崩御された…乃木大将夫妻は殉死された。心の動揺はいつまでも落ち着かない。” そして、もうすぐ大東亜戦争敗戦の日であるが、”昭和二十年八月十五日昼ニュースで終戦の詔勅が降った。突然の事残念で泣けて泣けてたまらない。”
と記されている。日本人として、しっかりとした心で生きたともさんは、叔母のかくさんの嫁ぎ先である浜松酒造の明治蔵が天神蔵として生まれ変わろうとするその矢先に98歳の生涯を閉じられたのである。山田ともさんの記述を通じて明治・大正・敗戦前の昭和の日本、そしてその遥かかなた昔の日本・「美の国ニッポン」へと通じる小さな道を見つけたような気がするのである。



  • Posted by 2011年08月12日 (金) | コメントコメント(0

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