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報徳社徒・鈴木藤三郎(12月10日)
報徳社徒・鈴木藤三郎(12月10日)

鈴木藤三郎の肖像写真

一宮・小国神社がある遠州森町というと清水次郎長の子分・石松で有名であるが、もう一人忘れてはいけない人物がいる。偉大な発明家・実業家で報徳運動家でもあったその人の名を、鈴木藤三郎(安政2年/1855-大正2年/1913)という。幕末期に生まれ、28才の時(明治20年/1888年)苦心惨澹ののち氷砂糖を発明した。
それまで輸入に頼っていた砂糖の国産化を図り、祖国日本の貿易収支の改善に大いに貢献した。本日開催の西遠連合報徳社(中村雄次理事長、静岡県浜松市)の常会で周智郡森町の役場に勤めるM氏が鈴木藤三郎について講演をして下さった.。M氏は、神奈川県庁職員のJ氏と協同で鈴木藤三郎に関する研究書を刊行している。今日の常会の出席者(約20名)のほとんどの方が鈴木藤三郎の名前をご存じなかった。二宮尊徳翁の遺訓一万巻を、書生を雇い3年かけて2500冊に写本し、それを栃木県今市の報徳二宮神社に奉納したその人が森町生まれの鈴木藤三郎なのである。それを納める石蔵まで建造している。二宮尊徳の仕法に基き事業を実践し、それで儲かったお金で(自腹を切って)そういう文化事業を遂行したのである。報徳思想の柱は①至誠②勤労③分度④推譲であるが、これは。”推譲”の実践である。交響曲でいえば第四楽章・終楽章であり最後の仕上げであった。鈴木藤三郎の研究・顕彰事業が、報徳思想(江戸時代に生まれた社会還元型の経営仕法=日本型資本主義)実践の輪の広がりにつながる触媒になると強く感じた今日の西遠連合報徳社常会であった。



  • Posted by 2011年12月10日 (土) | コメントコメント(0

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