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海洋船舶画家・上田毅八郎氏逝く(6月23日)
海洋船舶画家・上田毅八郎氏逝く(6月23日)

上田毅八郎画「戦艦伊勢」 大正6年(1917)建造、昭和18年(1943)航空戦艦に改装。イラストは改装後のもの。全長約220m,速力約25ノット。戦艦大和の仕様に準じる。

今月18日に亡くなった由、その訃報には今日の昼過ぎに接したばかりである。氏には十数年前に私の企画で21世紀倶楽部(静岡新聞社主催)の月例会で講演をしていただいたことがある。ご自宅にも数度お邪魔したり、浜松市(アートボックス)や磐田市(アミューズ豊田)、藤枝市(郷土文学館)、そして静岡市(護国神社)での個展で作品を見させていただいた。氏の画才は、尋常小学校に通っていた頃からだろうか、少年雑誌に載った戦艦や飛行機の模写に勤しむことで芽生え、育まれた。家業が筆で描くことを生業とする塗装業であったということも良い環境であったろう。親の背を見て育つ。遠州に因めば、車大工を親に持った河合小市(発明小市と謳われ、河合楽器製作所を創業)や鈴木道雄(織機を改良、スズキを創業)もそうであった。昭和19年、大東亜戦争中最後に(高射砲員として)乗船した輸送船・金華丸が被撃沈、利き腕の右腕に重傷を負うという大試練に見舞われた。昭和17年3月に帝国陸軍のジャワ上陸作戦以来6回の被撃沈に遭遇したが、6回とも生還したという強運の持ち主であったが、戦後は左腕で画業に刻苦勉励、見事に困難を克服した。氏はタミヤのウオーターラインシリーズに数多くの戦艦の絵を提供、その精緻で躍動感あふれる筆致で人気を博した。亨年95歳。戦前の美しい日本のこころを持ち続け自ら人生訓を編み出されもした。謹んでご冥福をお祈りいたします。


  • Posted by 2016年06月24日 (金) | コメントコメント(0

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