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一月七日(1月7日)
一月七日(1月7日)

石川周著「平成へのパラダイムシフト」(平成元年10月20日発行)

今日は昭和天皇のご命日である。あの日から22年が経過した。一般の葬儀に相当する政府の儀式「大葬の礼」がとりおこなわれたのは平成元年2月24日であった。皇室の儀式である「大葬の義」「れんそうの儀」「葬場殿の儀」はそれに先立って切り離された形で行われた。竹下内閣が一部の政教分離を唱えるグループに気を遣ったのであった。昭和28年大蔵省入省、元国土庁事務次官の石川周(いたる)氏はこの儀式に招かれ参加したときの様子を次のように書き記している。”式の始まる前、10時過ぎに礼砲が轟き始めた。21発であったように思う。腹の底に響く、鮮烈な緊張感をもたらすような、迫力充分の響きであった。ざわついていた式場内が居住まいをただし、静まり返った。礼砲が終わった時、お車(じゅ車)が式場に到着された。しばらくして、徒歩の列が粛々と始まり、私どもの前を過ぎていった。旗、楯、鉾、大真榊、棺、ひちりきの列の後に、神官、侍従長、藤森宮内庁長官など、そして葱華れん、つまり昭和天皇の柩の神輿が続き、その後に明仁天皇陛下、美智子皇后陛下、そのあとに皇太子はじめ皇族の皆様方が続く。この徒歩列を守るように、きらびやかな正装の皇宮儀杖兵がこれに加わる。雨である。天皇も、皇后も、宮内庁長官も、傘をさされての徒歩列である。これこそ、まさに粛々そのものというべき荘厳な徒歩列である。なかでも圧巻は葱華れん(そうかれん)であった。一列十二人程の四列の若人が、たったったったっと小刻みに駆け足のような小気味好いそのくせ厳しさを迫るリズムで神輿を肩に小砂利を踏んでいく。小砂利を踏む爽やかな、そして神秘、荘厳なその響きは、人をして思わず頭を下げしめるものであった。天皇の御霊がいま目の前を過ぎていったのである。まさに、この時のために今日ここに参列させていただいたのだ、そんな思いのする一瞬であった。” あの儀式には11,000人が参列したそうであるが、その中で克明に、つぶさに様子と場の雰囲気を綴ったのは数少ないのではなかろうか。石川氏は退官後、日頃の講演録・エッセー・インタビューなどをまとめて毎年本として発行しているが、上記の文章はその2冊目となる「平成へのパラダイムシフト」(B5判、400頁、私家版)と題した著書に収められている。知人・友人などごく少数の人に配っているもので、家内が石川氏の姪ということで毎年送っていただいている。身内が言うのもなんであるが、教養の厚みを感じさせる名文家である。
 http://www.youtube.com/watch?v=G8D15iezQQU&feature=related


  • Posted by 2011年01月07日 (金) | コメントコメント(0

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