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掛川二の丸美術館「渡辺崋山とその弟子たち展」(11月28日②)
掛川二の丸美術館「渡辺崋山とその弟子たち展」(11月28日②)

竹の丸(旧松本家)の貴賓室から掛川城を望む

森町から車で約30分。今日最終日を迎えた「渡辺崋山とその弟子たち展」を見学した。この二の丸美術館は掛川城のすぐ下に位置し、前は大日本報徳社の講堂や和風建築の図書館で、実に文化の香り馥郁とする素晴らしい環境にある。
渡辺火山(1793-1841)は、伊豆韮山の江川英龍(1801-1855)同様、国防に強い憂いを持った役人(40才で田原藩江戸家老)であり、谷文ちょうに師事した画家でもあった。蘭学会のリーダー的存在であったために御用学問であった儒学派により弾圧された(蛮社の獄)。現代でいえば、村山談話について政府見解と異なる内容の論文を書き免職同様の退職を余儀なくされた田母神俊雄前空将が同じ仕打ちを受けた。思想・言論統制をやり始めたらその政権は長くはない。それはこれまでの歴史が如実に語るところであろう。なお、華山の遺書と崋山筆の「孔子像」とが近くに展示されているのが印象的であった。

そこから歩いてすぐの「竹の丸・旧松本家邸宅」の2階・貴賓室の窓から掛川城、そしてきれいに色付いた紅葉の美しさを
堪能した。部屋の畳の上には紅葉の葉っぱがたくさん窓の外から舞込んでいて、きれいだった。ちなみに、建築学的にも重要なこの邸宅は日露戦争勃発の前年明治36年(1903年)に建てられたが、当時掛川城は(1854年の地震で崩壊のため)形がなかったのだから、この家の当時のご当主はこの光景は目に出来なかったということになる。霊界電子メールで送って差し上げたいものだ。


  • Posted by 2010年11月28日 (日) | コメントコメント(0

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