文化・芸術イベントやアート・絵画イベントの企画・運営ならアートフォースM&Kにお任せください。日本を 

サイト内検索ホームページ制作・スマホサイト制作・CMS

トップページ > ブログ > 工芸

ブログ

1/2ページ 全部で8件中 1-5件を表示
戦国武将展、種子島時尭(3月24日)

種子島時尭像

追平陶吉氏が陶人形作りを始めたのは、50才の時だった。平成2年(1990年)、昭和天皇が崩御され平成の御世が始まった翌年、それまでの仕事の関係で病気になり入院中に焼き物の世界への誘いがあったのだ。どういうきっかけで転機が訪れるのか分からないものだ。最初は童像や河童などを創っていたが、知人の火縄銃の収集家(日本一)から種子島時尭像の制作を依頼された。愛知県豊川市の本願寺や長谷寺に奉納されていた山本勘助像の実績が次の新しい仕事につながった、陶人形作家を生業としてやっていけるという光が心の中に射した一瞬だった。

陶人形師・追平陶吉「戦国武将の世界展」始まる(3月23日)

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など、戦国武将の陶人形20数点が並ぶ。迫力ある表現で、戦国乱世を生きた武将たちの厳しさ、力強さが伝わってくる名品が揃っている。会場:プレ葉ウオーク浜北2階のプレ葉ホール、入場料:大人350円、高校生以下250円静岡県浜松市浜北区貴布祢1200番地 後援:浜松市、浜松市教育委員会、浜松商工会議所、浜北商工会、静岡新聞shあ・静岡放送、中日新聞東海本社、産経新聞社静岡支局、天竜浜名湖鉄道㈱、企画:(有)インフォテイメント/亀岡光則、。50才の時病で入院。それが陶人形作りを始めるきっかけとなたっという。以来、独学で試行錯誤を繰り返。し、暗中模索の5年間。その暗いトンネルを抜けた時、陶人形師・追平陶吉が誕生していた。以下、浜松を代表する製作会社㈱クロスデバイスが開発した360°撮影技術idogaによる映像をご覧下さい。臨場感たっぷりの画期的な技術です。(下記のURLをクリックして下さい) 
http://www.idoga.jp/archive/idoga_light/sengoku/sengoku.html

鈴木真弓マクラメ展(7月21日)

鈴木真弓マクラメ作品「偶然ではない」

浜名湖畔に立地するギャラリーカフェ”寸座フランセ”で開催中の”鈴木真弓マクラメ展”を訪れた。鈴木真弓はインフォテイメントのHPに掲載されている作家である。http://www.infortainment.jp/cart/main.php?mode=list&ModCat2=7あいにくの曇り空であったが、ギャラリーに入るとマクラメの大作群が存在感豊かに出迎えてくれ、雲間から日の光が射したようだった。主に”きなり”のひもをふんだんに結び合わせて新たな造形を自由自在に創出している。平面でも立体作品でもなく、また”用の美”でもなく”ファイン・アート”でもない。天井が高くなく、そして照明の効果によりパリの地下空間を連想させるギャラリーだ。作品が表情豊かに息づいていた。これまでの鈴木真弓さんの展示会でベストといえるだろう。”進化”が感じられ、新たな創造を促してくれるパワーをも秘めている。マクラメという抽象作品が物語性を持ち始めたようだ。寸座フランセ:浜松市北区細江町気賀11416,電話:053-523-0557、9:30~18:00、休:火曜日、http://sunzafrance.blog25.fc2.com/blog-entry-855.html
今月30日(月)が最終日となる。ちなみに7月30日は、明治天皇崩御100周年の日である。

櫛づくりの伝統〔9月25日〕

自作群の前の松山順一氏

白州正子著『日本のたくみ』で紹介された「浜松櫛」の展示会が開催された。会場は、掛川城〔静岡県〕 を見上げる「竹の丸」という歴史建造物内のギャラリーである。今日は最終日で15時で終了だった。はがきをいただいていたが、うっかりしていた。着いたのが15時10分ごろで、会場は当然ながら既に撤収モードだった。しかし、残された1/3位の作品群から伝わってくるその精緻でぬくもり感のある作風は十分に感じられた。『日本のたくみ』で紹介されたのは、今は亡き松山鉄男氏であるが、ご長男の順一氏が見事にその技とこころを継承されている。額の数・約50点はあったという櫛作品の数々の展示の素晴らしさもさることながら、父子鷹二代に亘る作品が一堂に見られたということに感銘した次第である。鉄男氏の作品でまだ壁面に架かっていたのは、「皇室着袴之儀式用」と銘打たれた献上品の複製である。縄文遺跡で見付かった赤い漆塗りの櫛や、また聖徳太子ゆかりの櫛など複製作品も数多く展示されていたのだろう。今日この会場で直接目にすることは出来なかったが、それだけにかえってそれらを偲ぶ気持ちがつのるものである。それにしても、櫛には用途、使う人の位に伴って実に種類あまたである。櫛の歴史は古く、「古事記」にもその記述がある。黄泉の国で亡き妻イザナミノミコトの醜い姿を見たイザナギノミコトが、怒ったイザナミが放った大勢の醜女の追手を撃退しようと投げたのが櫛であった。順一氏の作品では、「はままつぐし」の括りの中でも、桜材の「櫛巻」、つげ材による「とかし櫛」、「びんかき」、「町型利久」「手付きとかし」ほか計20種類位、そして「織物用」の櫛まであるのだ。ちなみに、写真の中で順一氏のすぐ後ろに見えるのが、小国神社〔静岡県周智郡森町〕のご神木「いすの木」で作られた「富嶽」である。この木は格が最も高いそうで、霊峰富士を形作るに最もふさわしい。小国神社の「ことまち横丁」の一角に松山順一作品の展示販売コーナーがあるので、今回の展示会を見逃した方は是非お出かけいただきたい。

ガラスの美(7月20日)

ガラス作品の多くは、グラスや皿など実用的なものであるが、持永貞子のそれは非実用的なものである。ガラスを素材にした彫刻のようなものである。写真の作品は10年ほど前の東京での個展会場で求めた小品であるが、どこか懐かしさを感じさせる建物の造形で、ご飯の”おこげ”のような色が施されている。この建物はドイツのバイロイト祝祭劇場のようでもあるし、また中部イタリアのラベンナという町で見たロマネスク様式の教会のようでもある。作者・持永さんは心の旅を続けていて、今日も異国の空の下で次の造形を頭の中で描いているに違いない。

1/2ページ 全部で8件中 1-5件を表示