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昭和の日(4月29日)

昭和天皇のご崩御以来「みどりの日」という祝日であったが、平成19年(西暦2007年)より「昭和の日」と改められた。祝日には日本という国家の歴史と国民性が盛り込まれていてしかるべきである。従って、日にちが大事である。単なる休日ではない。戦後、そのあたりが占領政策として意図的に捻じ曲げられてきた。戦後65年が経過している訳だから、そろそろその辺りから脱却しなくてはいけない。憲法や教育、領土問題もしかりである。今日は、玄関に国旗を掲揚し9時少し前に出発、三島に向かった。鳥居禮筆の作品をこの町に住むS氏宅にお届けした。下田に着いたのは夕刻6時過ぎであった。3年前に
亡くなった映画編集の匠・浦岡敬一氏のご親戚筋が経営の民宿”田んぼ”(南伊豆の小稲)に投宿した。夕食は大層なご馳走であった。全世界の20億人が見たという”Royal Wedding"の実況中継を見ながら舌鼓を打った。ここのご主人によると、3月11日の津波は1メートルくらいで入り江には被害がなかったという。しかし、寝ている間に地震が発生した時の避難方法はちゃんと確認した。ちなみに、浦岡敬一氏の一番大きな仕事、業績は、映画「東京裁判」(昭和58年封切、上映時間:4時間)の編集だった。この作品により、氏は文部大臣奨励賞を受賞、編集という仕事の重要性を世に知らしめた。

主権回復の日(4月28日)

高松神社(浜岡原発至近!)の八重桜

昭和27年(西暦1952年)の今日、サンフランシズコ平和条約が発効した。(締結は前年の9月8日) 日本と連合国各国との間で結ばれたが、以下の3グループは調印していない。1)招待されたが出席しなかった国々:インド、ビルマ、ユーゴスラビア 2)出席したが調印しなかった国々:ソ連、ポーランド、チェコスロバキア 3)招待されなかった国々:中華民国、中華人民共和国 この条約により大東亜戦争は終結した。それまで戦闘状態は終結していたが、戦争状態は終結していなかったのである。昭和25年生まれの私は”戦中派”ということになる。沖縄など一部の領土がアメリカの統治下に置かれたものの、この年、この日、私たちの祖国・日本は主権を回復したのである。しかし、6年8ヶ月に亘るGHQによる占領統治はかつての日本の美風、国柄を大きく変えてしまった。事後法によって戦勝国が敗戦国を裁くという国際法違反の極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)、交戦力を認めない新憲法の押し付け制定、教育勅語の廃止、7000冊以上もの焚書、愛国者を公職から追放、財閥の解体、神道指令など、など...。日本文化解体、アメリカ化改造のための時限爆弾を仕掛けられた。それが今
炸裂し、独立国家としての矜持を保てないまでの状態を招いてしまっている。今日の午後靖国会館で主権回復記念日国民集会が開催され、また法制化に向けて大きな動きが出てきたようである。なお、渡部昇一先生のメルマガに、主権を回復したときのお気持ちを謳われた昭和天皇の御製が紹介されていたので、引用させていただく。
 ”風さゆる み冬は過ぎて 待ちに待ちし 八重桜咲く 春となりにけり”

今日の富士(4月25日)

富士川SA(下り)より

鳥居禮展のフォロー関連で三島に赴いた。掛川から牧の原あたりまでは、正に茶畑の間を潜り抜けるような走行である。静岡が近付き日本坂トンネルを抜けると富士山が視界に入ってくる。さらに由比トンネルを抜けると富士は眼前に迫ってくる。まさに静岡は”ふじのくに”である。三嶋大社で鳥居禮筆の「三島の富士」(500号)と2ヶ月振りに対面した。大広間の天井の照明は点けず、作品の頭上の灯りだけで見るとその存在感はいやが上にも増し、圧倒されるようだった。鳥居前の酒屋さんで”白隠正宗”を買った。白隠というのは、富士山が白い雲で隠れた状態を表現した言い回しとのこと。浜松への帰路に立ち寄った富士川SAから見る富士は雲がすっかり晴れていた。雄大さと伸びやかさを感じた。眼前に富士川の流れがあるのも一興である。
 ”晴れてよし 曇りてよし 富士の山 もとの姿は 変わらざりけり”(山岡鉄舟)

先月30日から開催してきた「鳥居禮展~霊峰富士と桜~」が本日無事最終日を迎えた。18日間の会期中、約3500名の来場者を数えた。小国神社での鳥居禮展は今回で二度目であるが、前回は紅葉の季節、今回は桜の季節だった。会期の初日には染井吉野が開花し、会期終わり頃には八重桜が咲き誇っていた。今日は、小国神社の例祭に当たり、午前10時より拝殿で祭祀があった。同神社奉賛会顧問の城内実衆議院議員、そして昨年10月に鳥居作品の三島展でお世話になった三嶋大社・矢田部宮司も参列されており、鳥居禮展会場にお上がりいただいた。通算18日の会期が幕を下ろした。ホッとした安堵の気持ちと同時に、今回創り上げた、今回だけの”鳥居ワールド”が撤収されることに一抹の哀惜の念を感じた。

椿(4月12日)

今日は鳥居禮展の休館日である。遠州灘(浜松市南区)に近いある会社に鳥居作品の納品に伺った。今年の暮れに操業を開始するインドネシアの工場に鳥居禮筆の「富士図」を飾られるとのことである。ここの社長さんは、いわゆる一日参りで小国神社に見え、鳥居禮展に入場された。鳥居画伯と同年のお生まれというのもご縁である。その会社のすぐ近くには浜松市の南区役所があり、以前ここで「拉致被害・未帰還者と家族の写真展」の開催に協力させていただいたことを思い出した。神社があったのでお参りしたが、その境内に椿の花びらが散り敷いていた。苔の上に散り乱れた様は艶やかできれいだった。”散り乱れ 人の眼癒す 椿花 その艶やかさ 変わらざりけり”(筆者) 桜もそうであるが、椿もまた散り方が潔い。日本人の美徳(大和心)に相通じるものがある。見上げると、抜けるような青空の遠州晴れの午後のひとときであった。

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