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安曇野の青い空(12月1日)

黒澤監督の「夢」(1990年封切)のロケ地となった安曇野の一風景

信州安曇野は四季を通じて魅力的である。安曇というのは、南方からやってきた海洋民族の名前からきているという。なるほど、穂高神社の入り口には長さ5メートル位の舟が飾られていた。この神社のご祭神であられる穂高見神と綿津見神はともに海人族である。その名前の響きに惹かれて安曇野に住むシルク版画作家・福本吉秀氏の作品展を数回、浜松(静岡県)で開催したことがある。週刊新潮の表紙絵で知られる成瀬政博氏のご紹介だった。福本さんの作品には安曇野のさわやかで清々しい空気が感じられる。謙虚で誠実なお人柄が如実に作品にも反映されており、高品位の透明感が感じられる。このホームページで福本さんの作品が楽しめます。
  http://www.infortainment.jp/on-line_shop/main.php?mode=list&cat=1
余談ながら、初めて劇場で観た黒澤映画は安曇野ゆかりの「夢」だった。パリのシャンゼリゼ近くの古色蒼然とした劇場だったが、大勢のフランス人に混じって日本映画を観るのも不思議な気分だった。また、外地で(映画の中で)見た日本の風景を帰国後実際に目にした時は感慨深いものがあった。

瀧のポストカード(11月30日)

ガバルニーの瀧(フランス):3年前、15年ぶりに二度目の対面を果たした(筆者撮影)

今日「横尾忠則全ポスター」のことが気になったので、横尾さんのホームページを開いてみた。以前よく活字で読んでいた
「横尾忠則の日記」をクリックすると、再び瀧のポストカードを集めている、と書いている。前回の瀧の動きは丁度20年前の
ことなので、この周期は伊勢神宮の式年遷宮の周期にシンクロしている、と思った。20年前はフランス(パリ)に住んでいた
ので、現地から少なからずお送りしたことがある。三島由紀夫霊の発動かも知れない。前回は三島由紀夫自決後20年、今回は自決後40年!横尾さんの瀧のポストカードコレクション(前回13,000枚)がボストン美術館にインスタレーションされる日が楽しみである。目を上げるとちょうど「ガバルニーの瀧」(ピレネー山脈にある
落差422メートルの瀧)の写真が貼ってある。このホームページでも、横尾さんのシルク版画で瀧をモチーフにしたものもあるので、ご覧になってください。http://www.infortainment.jp/on-line_shop/main.php?mode=list&cat=9


こんにゃくカレーはアートホームな味!(11月29日)

パッケージ

今月23日の小国神社での新嘗祭後の直会(なおらえ、昼食会)のあと、地元森町の会社2社が共同開発した”こんにゃくカレー”の記者発表があった。テレビでもその様子が報道されていたのだが、今日のお昼に初めてそれを食してみた。美味しかった。まずルーがとてもスパイシーで本格的だ。最近浜松でもインド人が経営するカレー屋さんを目にするが、本場の彼らもビックリするのでは?と思わせる真剣度がその調味に感じられた。そして、150年の歴史を持つ森町のこんにゃく製造会社・久米吉(倉島正三社長)のサイコロこんにゃく(一辺15mm)が肉の代わりに入っていて、その噛み心地が良い。こんにゃくにもカレーのルーが沁み込んでいるので、お腹にはいると整腸効果も倍加するのでは?また食べたくなる、レオルトとは思えない斬新でアートホームな魅力を感じた次第である。ちなみに、パッケージ(写真)を飾る題字は森町出身の書道家・杭迫柏樹氏(日本芸術院賞受賞)、イラストは同じく森町在住の大須賀義明氏によるもので、まさにオール森町の新商品なのである。

掛川二の丸美術館「渡辺崋山とその弟子たち展」(11月28日②)

竹の丸(旧松本家)の貴賓室から掛川城を望む

森町から車で約30分。今日最終日を迎えた「渡辺崋山とその弟子たち展」を見学した。この二の丸美術館は掛川城のすぐ下に位置し、前は大日本報徳社の講堂や和風建築の図書館で、実に文化の香り馥郁とする素晴らしい環境にある。
渡辺火山(1793-1841)は、伊豆韮山の江川英龍(1801-1855)同様、国防に強い憂いを持った役人(40才で田原藩江戸家老)であり、谷文ちょうに師事した画家でもあった。蘭学会のリーダー的存在であったために御用学問であった儒学派により弾圧された(蛮社の獄)。現代でいえば、村山談話について政府見解と異なる内容の論文を書き免職同様の退職を余儀なくされた田母神俊雄前空将が同じ仕打ちを受けた。思想・言論統制をやり始めたらその政権は長くはない。それはこれまでの歴史が如実に語るところであろう。なお、華山の遺書と崋山筆の「孔子像」とが近くに展示されているのが印象的であった。

そこから歩いてすぐの「竹の丸・旧松本家邸宅」の2階・貴賓室の窓から掛川城、そしてきれいに色付いた紅葉の美しさを
堪能した。部屋の畳の上には紅葉の葉っぱがたくさん窓の外から舞込んでいて、きれいだった。ちなみに、建築学的にも重要なこの邸宅は日露戦争勃発の前年明治36年(1903年)に建てられたが、当時掛川城は(1854年の地震で崩壊のため)形がなかったのだから、この家の当時のご当主はこの光景は目に出来なかったということになる。霊界電子メールで送って差し上げたいものだ。

遠州森町「町並みと蔵展」(11月28日①)

今回で第12回目を迎えるという森町の「蔵と町並み展」を見ようと11時ごろ出発したが、小国神社で紅葉狩りを
しようとお出かけの人たちの車で10km位手前からもう渋滞の列である。丁度一年前に小国神社で開催した日本画家・鳥居禮展のときのことを思い出した。あの時は、会場に着けないと困るので、朝6時ごろ家を出たものだった。
という訳で南に迂回して袋井の方から森市街地に入った。氷砂糖の発明者・鈴木藤三郎記念館に車を停めさせていただき、ちょうど出会った町会議員の榊原さんのご案内で目的の「鋳物師・山田七郎左衛門展」を見学した。古いお蔵の中での
展示は味わいがある。この山田七郎佐衛門という人は静岡空港至近の金谷の出であるが、妹が徳川家康公の側室・阿茶局(あちゃのつぼね)であったことから、家康公から東海地域一帯の鋳物業専売権をいただいたという。そのことを認めた
ご朱印状が展示されていた。昨年は、この蔵で「鈴木藤三郎展」が開催されていたが、その土地に生まれ育ち後世に立派な
業績を遺した先人を顕彰し、一般に知らしいえめる展示会などを企画・開催することは、実に重要な教育・文化事業であり、森町の方々が一体となって毎年続けられていることに深い敬意を表したい。

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