文化・芸術イベントやアート・絵画イベントの企画・運営ならアートフォースM&Kにお任せください。日本を 

サイト内検索 ホームページ制作・スマホサイト制作・CMS サイト管理画面

トップページ > ブログ > 音楽 > リヒャルト・ヴァーグナー(5月22日)

ブログ

音楽

リヒャルト・ヴァーグナー(5月22日)
リヒャルト・ヴァーグナー(5月22日)

ライプツィッヒのヴァーグナーの生家

今日22日は、ドイツの作曲家ヴァーグナーの誕生の日である。地理的には旧東独に位置していたライプツィッヒに生まれた。時は1813年,今から207年前である。ハンブルク(ドイツ)にY社の駐在員として赴任した翌年(昭和54年・1979)、夏休みを利用して車で(Audi80,2ドア)東ドイツ、チェコ、オーストリア、南ドイツを周った。当時、ドイツは東西に分かれていた。最初に訪ねたのはバッハの生誕地であるアイゼナッハという国境に位置する町(東側)であった。国境を超えるとき検問があり、とても緊張した。次に、ゲーテが政治家をしていたヴァイマールでゲーテ記念館を訪ね、鉱石コレクションを観たりして自然科学者としての側面を知った。そこから東進してライプツィッヒに着き、ヴァーグナーの生家を探したが見つからなかった。ただ、ここのオペラ座の指揮者をしていたマーラーが交響曲第一番を作曲した下宿を見つけることが出来、またバッハのお墓がある聖トーマス教会の中に入ることが出来たのは望外の収穫だった。南進して、陶器で有名なマイセン、第二次世界大戦時に空爆で壊滅した後見事に復興したドレスデン、そこからチェコの古都プラハへと移動した。プラハの近郊では、マーラーの生家や少年時代を過ごした街を訪ねた。プラハを後にし、音楽の都・ヴィーン→高校一年の時(昭和41年・1966)見た映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台・ザルツブルグ→バイエルン王国の都ミュンヘン→ゲーテの生まれた町フランクフルト、そこから一路北上すること500Km、エルベ川を越えてハンブルクに戻った。結婚した翌年の家内との旅行の思い出が鮮やかに蘇った。当時私が28才、家内が22才であった。あれから40年、綾小路きみまろさんの名口上が頭をよぎった。

  • POSTED at 2020年05月22日 (金)