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山下青崖と報徳(5月23日)
山下青崖と報徳(5月23日)

岩水寺境内にある山下青崖畫伯記徳碑

山下青崖は、郷土遠州が生んだ日本画の大家である。安政5年(1858)、まさに江戸幕府末期に長上郡木船新田村(現・浜松市浜北区貴布祢)の醸酒業の家に生まれたが、9才の時家運が傾き笠井村の旧家・山下家の庇護を受けた。17才の頃より絵を習い始め、明治14年からは東京に出て渡辺小崋(崋山の子)に学ぶ。小崋が皇居杉戸絵の注文を受け、その制作を手伝った。というか、小崋病みがちのため代行したという。渡辺小崋は[南宋画の泰斗]と岩水寺にある青崖さんの顕彰碑の裏面に記されているが、青厓さんはそれを学びながらも日本画へと抜け出している。繊細で華麗な着彩による花鳥画ばかりでなく崋山の作風に準じた人物がも遺している。清雅で厳粛な画面構成は横山大観がそうであったように、武士の血の流れを感じさせる。この石碑が顕彰碑ではなく記徳碑となっているのは、報徳社との繋がりを感じさせる。大日本報徳社第三代社長・岡田良平氏が碑の題字を揮毫されていること、また報徳の人・松島十湖が賛を書き青厓さんが画を付けている軸物があること、などはその裏書きと思われる。この石碑は昭和6年(1931),青厓畫伯73才の時に建立された。二宮金治郎が42才の頃断食祈願をされた新勝寺(千葉県)と同じく真言宗の岩水寺の境内にある。我が家から東に車で10分という近さである。



  • POSTED at 2020年05月23日 (土)