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大日本帝国憲法(6月6日)
大日本帝国憲法(6月6日)

いわゆる「長州五傑」の一人で初代内閣総理大臣を務めた伊藤博文は、ほかの誰よりも「洋行」を重ねた。一回目は文久三年(1863),
その年の始めに師の吉田松陰の転葬を高杉晋作の名代で果たした後だった。横浜を出港、上海経由でロンドンに渡った。その時はわずか一年の滞在だった。二回目は明治4年(1871)、岩倉遣欧使節団の一員として、3回目は明治15年(1883)、憲法事情調査の為だった。随行員に後の元老・西園寺公望がいた。ベルリンでは成果なく、北ドイツ生まれの法学者で当時ヴィーン大学に奉職していたローレンツ・フォン・シュタイン教授からドイツ憲法を参考にすべし、との助言をもらった。大日本帝国憲法は、明治22年(1889)2月11日に公布されたが、内容的には井上毅の意向(フォン・シュタイン教授の提唱する法制の考え方に反対の立場)が反映されたという。井上毅は二宮金治郎(尊徳)の生涯・業績・思想を記した「報徳記」(富田高慶著)を熟読し、死の病に臥せっていた時にも妻に読ませ病苦を和らげていたという人物である。



  • POSTED at 2020年06月06日 (土)