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地方繁栄のために(令和2年9月17日)
地方繁栄のために(令和2年9月17日)

石川周氏七冊目の著書、平成六年刊,題字:著者、表紙写真:著者撮影、ウイーンのシェーンブルン宮殿

短いエッセイであるが、とても濃密な文章である。田中元総理の訃報の翌日、つまり平成5年(1993)12月17日に書かれている。かつて大蔵省に奉職し、国土庁事務次官を最後の役職として昭和60年(1985)退官した石川周氏の自家本「今の自分を超えて行く」(平成6年刊)に収められている。ごく少数の縁故者にしか配られていないので、印刷部数は恐らく数百冊でしかなかったろう。縁あって私のところにも送って頂いたのである。昭和63年(1988)に発刊された「花小路のこころ覚え」以来、毎年刊行された。A5版400ページの厚い本である。国土庁官房長の折(長官は加藤六月大臣)、「四全総」策定に関して一度だけ田中元総理ご本人にお目にかかったことがあるという。以下に引用する石川氏の文章には元総理への哀悼の誠が感じられる。~田中さんは優れた政治家であったと思う。自分の個性を発揮しながら日本という社会を引っ張っていった。その政治理念は地方の繁栄であった。地方を住みやすい、魅力あるものにする、地方の時代を築く、その政治理念を信じ、実行した政治家であった。東京の一極集中を続けたら、地方は二度と立ち直れないほどに疲弊することになる。そして、やがては東京も動脈硬化に陥ってしまう。地方の繁栄こそがこの国を救う必要欠くべからざる課題である。そのことを信じ、理解し、そのための政策を強力に実行に移した政治家であった。田中さんは我が国の顔であったと思う。高度成長期を代表する一人、良くも悪くもこの時代の日本を象徴する人であったと思う。その人の死は一つの時代の終わりを表現している。本当の意味での戦後の終わりである。~

  • POSTED at 2020年09月17日 (木)