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明智光秀の遺作②(令和2年10月15日)
明智光秀の遺作②(令和2年10月15日)

愛宕山、山頂に愛宕神社が鎮座

越中時代の大伴家持が詠んだ長歌には、古事記からの引用があった。冒頭の「葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らし召しける」である。以下ふたたび宮崎正弘氏の著書より。~天下り 知らし召しける、とは天皇が統治するという意味で,『古事記』に頻出する。「天が下しる」と光秀が詠んだ本歌である。近代の歴史学者は驚くべきことに日本史最古の歴史書である『古事記』を軽視している。光秀の「天の下知る」の原典は古事記である。
まずは『古事記』上巻「天照大御神と大国主命」をご覧あれ。「この豊蘆原の千秋の長五百秋の瑞穂の国」とあって「我が御子の知らす国と、言依さし賜へる国なり」と明記してある。そして中巻冒頭「神武天皇」の項目では「天の下の政を平らけく聞こし看さむ。なほ東に行かむと思ふとのりたまふ」。つまり神武東征は,天の下の知らす(統治)を徹底させるため、と書かれている。

  • POSTED at 2020年10月15日 (木)