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歴史

宸筆般若心経(11月14日)
 天皇(後奈良天皇)疫疾えきしつ流行の際に、般若心経を筆写して祈禳きじょうせしめ給うた。それは天文三年(西暦一五三四年)のことで、春から夏にかけ、諸国に疫疾えきしつ流行して、死するものが甚だ多かった。天皇はその年五ぐわつ、伊勢神宮に一七箇日の祈祷を行はせられ、諸社寺に命じて祈禳きじょうせしめ給うた。六月に至っては、畏くも親しく般若心経を筆寫ひっしゃして、大覚寺に納め給うた。

 即ち天皇は、遠く嵯峨天皇の弘仁九年(西暦八一八年)の春、天下(てんか)大疫(だいえき)の時、嵯峨天皇が般若心経を書寫(しょしゃ)し給うた古例に(なら)わせられて、般若心経を筆寫(ひっしゃ)し給ひ、その功徳を以て蒼生(そうせい)の病難を除かんと祈念し給うたのである。 浅間神社の所蔵にかかるものには、國名甲斐國(かひのくに)の下に(つづ)けて「國土安穏,萬民和樂」とある。國土萬民を御 念し給ふ大御心(おおみごころ)奉察(ほうさつ)せらるるのである。

 (なほ)これには武田信玄が一()を附して次の如く記してゐる。

 人皇百五代後柏原天皇第一皇子今上皇帝宸筆

その包紙に次の如くある。

 勅筆

 奉納神前般若心経一巻天文十九年   卯月廿日大膳大夫晴信 

尚別に、信玄自筆の短冊が添へてある。
 うつしうええるはつ瀬の花のしらゆふをかけてそいのる神のまにまに



  • POSTED at 2020年11月14日 (土)