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昭和95年(令和2年11月25日)
昭和95年(令和2年11月25日)

50年前の11月25日付け朝日新聞夕刊

あれから50年。つまり、昭和45年の今日11月25日に三島由紀夫が東京市ヶ谷駐屯地で自決した。そのことを知ったのは当日の夕刊でだった。大学(大阪外語大)の2年の時で、70年安保闘争で騒がしく、また大阪万博が開催された年でもあった。東京オリンピックから6年後の年でもあり日本の経済成長が活況を呈していた時期でもあった。田中角栄内閣による日中国交回復がなされたのもこの頃だった。購読していたのは朝日新聞だったろうか?当時はこの新聞のいかがわしさにも気づかない、文字通り右も左も分からない田舎出の二十歳前のボンボンだった。下宿は永源寺というお寺(天王寺区谷町九丁目)の墓地の一角にある離れだった。しかも周りはラブホテル街。暗くなってドアを開けると、目の前に墓石が林立し、見上げると極彩色のネオンサインがぐるぐる回っているというとてもシュールな環境だった。死と生、彼岸と此岸が隣合わせというか...。50年前の今日という日の夕方5時ごろ、暗くなった墓地の一角にある離れのドアの下の隙間から、配達された夕刊がスッと差し入れられた。三島事件を報じるでっかい見出しが真っ先に目に飛び込んできたのである。「割腹自殺」とあるが、正しくは「割腹自決」であろう。ものの道理をわきまえない朝日新聞特有の汚い表現である。



  • POSTED at 2020年11月25日 (水)