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紀元二千六百年記念祭(令和3年2月9日)
紀元二千六百年記念祭(令和3年2月9日)

一木喜德郎の肖像写真

昭和15年4月6日、大日本報徳社(掛川市)は記念祭を挙行した。この時の社長は文部大臣、宮内大臣そして枢密院議長を歴任した一木喜德郎だった。一千余名の参会を数えたという。一木社長の式辞は以下の如くであった。~顧みれば神武天皇大和の橿原に於いて御即位遊ばされてより正に二千六百年、其の間時運の盛衰はありましたものの、一路発展の歩みを続け、今又更に一大飛躍を遂げんとするの時期に到達致しましたことは、申す迄もなきことながら古今東西他に比類なき幸運に恵まれたる幸福に対し限り無き誇りを懐き、尽きざる感謝を捧げて居るのであります。是は抑々何に由来しているのでありましょうか。畢竟万世一系の皇室を奉戴し、上仁愛の化を以て下に及ぼし、下忠厚の俗を以て上に奉じ、以て古今を一貫する我が国体の然らしむる所でありまして、天神の加護と列聖の皇德との致す所に外ならないのであります。
更に我が報徳社員が深く心に銘記しなければならない事は、明治以来我が報徳の教、我が報徳の社が、屡々浴しましたる皇室の御恩遇であります。明治十六年には宮内省が旨を承けて『報徳記』を刊し之を全国に頒たれました。是が恐らく報徳の教が全国に普く伝えられた始であろうと思います。~


  • POSTED at 2021年02月09日 (火)