[備考]
1.第4代大日本報徳社社長を後に務めた一木喜徳郎(1867-1944)は、当時枢密院議長として襲撃の対象であった。
2.最後の元老・西園寺公望は難を逃れた。当時、興津(静岡県)の別宅にいた。
3.大川周明は、ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)の「社会三分節」を日本に紹介した。大川はこの本を五・一五事件の
イデオロギーの土台としたという。①精神的自由 ②法の下の平等 ③経済的自立
4.二・二六事件の犠牲者、処刑された青年将校らを弔う観音像が、昭和40年に建立された。渋谷区宇田川町の陸軍刑務所跡。
- POSTED at 2021年02月26日 (金)