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ニ・二六事件(令和3年2月26日)
ニ・二六事件(令和3年2月26日)

ニ・二六事件観音像

昭和11年(西紀1936)のこの日、帝都東京において国家改造を狙ったクーデターが勃発した。二・二六事件である。数年前の五・一五事件(犬養毅総理を襲撃)の背景と火種を共有している。経済恐慌と農村飢饉、そして理論的&思想的支柱もまたしかりである。北一輝(1883-1937)と大川周明(1886-     )。「大塩平八郎の乱」(天保八年・西紀1837)と同じく, 「動機」は義挙であった。
[備考]
1.第4代大日本報徳社社長を後に務めた一木喜徳郎(1867-1944)は、当時枢密院議長として襲撃の対象であった。
 2.最後の元老・西園寺公望は難を逃れた。当時、興津(静岡県)の別宅にいた。
 3.大川周明は、ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)の「社会三分節」を日本に紹介した。大川はこの本を五・一五事件の
   イデオロギーの土台としたという。①精神的自由 ②法の下の平等 ③経済的自立
 4.二・二六事件の犠牲者、処刑された青年将校らを弔う観音像が、昭和40年に建立された。渋谷区宇田川町の陸軍刑務所跡。





  • POSTED at 2021年02月26日 (金)