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1911年5月18日(令和3年5月18日)
1911年5月18日(令和3年5月18日)

ヴィーン郊外にあるマーラーの墓

110年前の今日、後期ロマン派の作曲家マーラー(1860-1911)がその生涯を閉じた。場所はヴィーンのあるサナトリウム。妻のアルマの手記によるとこの日は嵐が吹き荒れていたという。ドイツではその時期にそんな荒天はなかった。毎年4月末にその「儀式」を済ませているからだ。果たしてどうなんだろう?という疑問が募った。それを確かめたことがある。いつだったろうか、ドイツに駐在していた折(1978-1986)、ちょうどこの日にヴィーンに出張する機会があった。夕刻にそのサナトリウムの前に立った。雨が降り始め嵐となった。アルマの書いた通りとなった。宿はリング(環状通り)に面するマーラー縁の国立歌劇場前のHotel Bristolにとった。高級ホテルでも角部屋は安い。オペラ座前のケルントナー通りを散策した。
マーラーは10曲のシンフォニーを書いたが、オペラは書かなかった。生活のための指揮活動に忙しかったからだ。ライバルのリヒャルト・シュトラウスとはそこが違う。10年間ヴィーンの国立歌劇場の総監督を務めた(1897-1907)後もアメリカに出張した。ヴィーンから列車でシェルブールまで行き、そこからは船旅であった。もう少し生きてれば例のタイタニック号(1912年4月に沈没)の船客であったろう。~航路は、サウスハンプトン/イギリス→シェルブール/フランス→クイーンズタウン/アイルランド→ニューヨーク/アメリカ~ 死の床で最後に遺した言葉は『モーツアルト!』だったとアルマが回想記(Erinnerungen an Gustav Mahler)に記している。



  • POSTED at 2021年05月18日 (火)