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報徳仕法の実践家 岡田良一郎(令和3年6月12日)
報徳仕法の実践家 岡田良一郎(令和3年6月12日)

岡田良一郎(1839-1915)

遠州地方で最初に出来た報徳社は、浜松インター近くの下石田報徳社で、1847年の創設である。その翌年に倉真報徳社が岡田佐平治によって作られた。岡田は嘉永6年(1853年)に直接に二宮金治郎に教えを乞いに遠路日光桜町まで旅をした。そしてその翌年に長男の良一郎を二宮尊徳(たかのり)のもとに入門させた。良一郎15才の時である。
2年後に尊徳翁が他界したが、さらに2年その地に留まり報徳仕法を学んだ。明治8年(1875年)に佐平治が社長となって上部組織としての遠江國報徳社が結成された。場所は、浜松の玄忠寺という浄土宗のお寺である。父・佐平治が2年後に病没後はその二代目社長となる。以下、「輝く静岡の先人」(静岡県発行)より~
明治10年(1877) 自宅に私塾北学舎をを設立する
明治11年(1878)    掛川農学社を設立する
明治12年(1879)    資産金貸付所掛川分社(現・掛川信用金庫)を設立
明治13年(1880)    静岡県立掛川中学校(現・掛川西高等学校)の初代校長に就任する
明治44年(1911)    遠江報徳社を大日本報徳社に改称し、全国の報徳社の上部組織とする
大正  4年(1915)    死去








  • POSTED at 2021年06月12日 (土)