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明治の報徳運動(令和3年7月11日)
明治の報徳運動(令和3年7月11日)

報徳訓石碑

旧南庄内小学校からの帰り道、呉松町の神社に参拝した。國譲り神話の立役者・武甕鎚命を御祭神とする曾許乃御立神社で、神護景雲元年(西暦767年)創建という延喜式内社である。十数年前に初めてお参りした折に、拝殿横の報徳訓石碑を発見した。明治27年(西暦1894年)の建立と記されており、遠江國報徳社が浜松玄忠寺内に創設されちょり約20年後のことである。文明開化華やかなりし頃、農本主義を基調とする報徳思想・仕法も商工業の産業振興の潮流も生み出し殖産興業の牽引車的な位置に発展してゆく頃であった。地元に結社された報徳社3社(和地社、堀江社、白洲社)の出資によるものであった。127年経った今、石碑は苔むしており報徳訓108文字も判然としない。日清戦争を戦った頃でもあり、御祭神の武運長久のご神徳を仰いで建てられたのかも知れない。









  • POSTED at 2021年07月11日 (日)