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1989年②1月(令和3年7月15日)
1989年②1月(令和3年7月15日)

葱華輦

昭和64年は7日間で終わった。年が明けて7日に昭和天皇が崩御されたからである。日本中が深い悲しみに包まれた。昭和という時代が幕を閉じたのである。平成元年2月24日、新宿御苑にて大喪の礼が執り行われた。
以下、「大喪の礼に参加して」(石川周著『平成へのパラダイムシフト』所収)より~ 
皇室の儀式である大喪の儀、斂葬の儀、葬場殿の儀、そして政府の儀式である大喪の礼が、10時31分から13時31分にかけて実施
された。参加者およそ11,000人、163箇国の代表をふくめ、盛大にそして粛々と儀式は進行した。式の始まる前、10時過ぎに礼砲が
轟始めた。21発であったように思う。腹の底に響く、鮮烈な緊張感をもたらすような、迫力充分の響きであった。ざわついていた
式場内が居ずまいをただし、静まり返った。礼砲が終わった時、お車(じゅ車)が式場に到着された。しばらくして、徒歩の列が粛々と、まさに粛々と始まり、私どもの前を過ぎていった。旗、楯、桙、大真榊、柩、笙、ひちりきの列の後に、神官、侍従長、藤森宮内庁長官など、そして葱華輦(そうかれん)つまり昭和天皇の柩の神輿が続き、その後に明仁天皇陛下、美智子皇后陛下、そのあとに皇太子はじめ皇族の皆様方が続く。...なかでも圧巻は葱華輦であった。一列十二人程の四列の若人が、たったったったっと小刻みに駆け足のような小気味よいそのくせ厳しさを迫るリズムで神輿を肩に小砂利を踏んでいく。小砂利を踏む爽やかな、そして神秘、荘厳なその響きは、人をして思わず頭を下げしめるものであった。天皇の御霊がいま目の前を過ぎて行ったのである。~

 
 
 



  • POSTED at 2021年07月15日 (木)