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「坂の上の雲」②(令和3年8月23日)
「坂の上の雲」②(令和3年8月23日)

伊予松山城

この小説の主人公を軍人の秋山兄弟と俳人の正岡子規に絞った司馬遼太郎の着想は素晴らしい。伊予松山のことが描かれていて、また母校松山東高校(子規や秋山真之が通った松山中学の後進)の大先輩にもあたるので関心度倍増である。しかもこの作品の作者は大学(大阪外国語大学,現・大阪大学外国語学部)の先輩でもあるしで、無邪気ながらも誇らしい。大学3年の時(1972年)の下宿先(大阪府八尾市教興寺)のすぐ近くに司馬遼太郎のご実家(福田家)があったりした。郷里松山の事が懐かしくなったこともあり18年振りにこの長編を読み返している次第である。
冒頭の章「春や昔」の文体は夏目漱石の「坊ちゃん」のそれを彷彿とさせる。読み返していると他にもいろんな発見がある。
司馬氏がこの小説を構想したのは、恐らく明治100年(西暦1967年)を意識したからであろう。と思いきや、1968年から1972年まで1296回産経新聞に連載されたとのことである。当時は何も分からず朝日新聞を購読していたのでそのことは知らなかった。
~まことに小さな国が,開化期をむかえようとしている。その列島のなかの一つの島が四国であり、四国は、讃岐、阿波、土佐、伊予にわかれている。伊予の首邑は松山。~ 見事な滑り出しである。

  • POSTED at 2021年08月23日 (月)