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丁度80年前に就航した戦艦大和は
マツクアーサー元帥(令和3年4月16日)

横尾忠則作「戦争の涙」、2009年

「私は日本國民ほど清らかで穏やかで、秩序正しくかつ勤勉な國民を知らない。和はまた將來、人類進歩のための建設的任務において、日本國民以上に高度の希望を寄せ得る國民を知らない。」これは、昭和26年(西紀1951)4月19日に行われた米国議会でのマッカーサーの演説である。大日本報徳社の『報徳』誌(昭和26年6月発行)の巻頭言の中で紹介されている。当時の日本人にも幅があってそうでない輩もいたであろうが、おしなべてということであろう。その頂点に昭和天皇と皇室の存在があった。西洋が失ったもの、あるいは西洋が持っていなかった大事なものが日本に有史以来脈々と受け継がれている。昭和天皇との初めての会見でマッカーサー元帥が感涙したのも無意識の裡にそのことに気付いてからであろう。
横尾忠則氏の右の作品は、マッカーサー元帥の涙にしても昭和天皇の口ぐせである『あっ、そう』にしても、描き方に気遣いが感じられず、いかにも横尾流の無礼な世界である。細やかな感性というよりも、Gewalt的なもの(力の行使)が感じられる。
約5年半に亘って日本の占領政策を指揮したのち、丁度70年前(西紀1951)の今日4月16日マッカーサー元帥は日本を去った。
瀧のこと(令和3年4月10日)

那智の瀧

横尾忠則展での「瀧のポストカード」インスタレーションは圧巻だった。12,000枚を壁面ばかりか天井にも張り巡らし、床に敷き詰められた鏡面によって曼荼羅図が出現したようだった。そこは、世界中の瀧が集まるサミット会場となっていた。それらの瀧の写真を撮った人々とそれを観る人との魂の交流が出現。こんなに多くのポストカードを収集した横尾忠則氏は瀧を統べる司祭のようだ。コレクションという英語訳に「集狂」を充ててもいい位だ。収集作業も、ある一定の数字を超えると自然に向うから押し寄せて来る。とにかくこの数量は尋常ではない。1996年にキリンアートスペース原宿、大阪道頓堀キリンミュージアムの2ヶ所で見て以来だから、今回は実に29年振りの遭遇となった。以下、白洲正子著「私の古寺巡礼」より~
清らかな水が老人を若返らせるという「復活」の思想は、神代から日本に存在した。いわゆる「變若水おちみず」の信仰で、みそぎもその一種に他ならない。水で身体を清めることによって、魂がよみがえると考えられていた。その中でも、深山から流れ出る清冽な瀧の水は,ことさら利き目があると信じられたであろう。そういう所から、瀧そのものを崇める信仰が起った。「那智の瀧」は、今でも瀧が御神体で、その前に鳥居が立っている。他にもそういう所はいくらもあって、人が知るほどの瀧は、すべて神格化されていたのではないかと思う。

横尾忠則展へ(令和3年4月9日)

会場入り口

1月から開催されていたが、今月11日迄だというのに気づき急遽名古屋まで車を走らせた。途中湾岸道路、名古屋環状線をナビで通らせられたが、風にあおられ気味で怖かった。会場は愛知芸術文化センターの10階にある愛知県美術館。広大なホールの半分を横尾展に充てていた。
大回顧展である。5才の時の「巌流島の闘い」から最近作まで実に80年間の各時代の代表作が一堂に会した形だ。実に壮大だ。展示点数687点。絵画作品のほかに、横尾氏のコレクションのコーナーもある。12,000枚にも及ぶ瀧のポストカードだ。床に鏡を敷かれ、曼荼羅のイメージが演出されている。世界中の瀧のサミットのようだ。圧巻そのものである。8歳の時の「瀧」から1985年のパリビエンナーレに出品された「瀧壺」、そして順路の中間部に配置された瀧のポストカードのインスタレーションへとつながる一本の線を感じた。.
聞くところによると、この会場は大問題となり愛知県知事のリコール運動tとなった「表現の不自由展」が開催された場所であるという。今回の横尾忠則展は、穢された空間のお清目の意味合いもあるのではないか。
ゲーテと般若心経、マーラー(令和3年4月6日)

1972年6月、大阪フェスティバルホールでのマーラー「千人の交響曲」公演

ゲーテの「ファウスト」は作者の死の前年(1831年)に完成した。その最終章はマーラーによって音符化され(交響曲第八番第二部)た。その日本での演奏を1972年6月、大阪で聴くことが出来た。朝比奈隆指揮+大フィル+大合唱団で総人数は1000人を優に超えていた。公演の前のゲネプロも聴くことが出来たのは幸運だった。宇宙が鳴り響く、とマーラー自身が表現したその音響世界を実感したのである。『神秘の合唱』が「ファウスト」の最後の最後の部分で、以下のように書かれている。般若心経の「色即是空空即是色」に符合しているではないか!
すべて移ろいゆくものは比喩にほかならず、
生じ得なかったことが、ここに顕れ、
名状し難きことも、ここに成就する。
永遠に女性的なるものにいざなわれ
高みへと我等は昇りゆく。

ゲーテが混迷し迷妄に覆われた魂を救わんと、「ファウスト」の原稿の仕上げに勤しんでいた頃、遠く離れた日本では二宮金次郎が
「一円融合」の認識に目覚める新勝寺での断食修行を行っていた。そして、「ファウスト」が脱稿された頃、金次郎は「報徳訓」をまとめあげたのである。


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