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今日は「みどりの日」(令和2年5月4日)

杉苗をお手植えになられる昭和天皇、昭和41年、愛媛県

かつては4月29日が「みどりの日」であったが、この日が「昭和の日」と改まったのに伴い5月4日が「みどりの日」となった。廃止されるのではなく、生き残った。4月29日が昭和天皇崩御後「天皇誕生日」改め「みどりの日」となったのは、昭和天皇が全国植樹祭の行事に永年臨席されたことによるのであろう。侍従次長であった掛川ご出身の河合弥八氏の「戦争で荒れ果てた山河を緑で一杯に」という提案でスタートし、昭和25年を第一回とした。私の郷里・松山では昭和41年4月、第17回が開催された。、当時は合併前で愛媛県温泉郡久谷村といった。全国に先駆けて「文教村宣言」をした村である。杉苗3本を森の形に植えられた天皇陛下は「久谷村を緑に染めにし時おしも楽しみにして杉植えにけり」という御製をお詠みになられた。今年は第71回植樹祭が今上陛下最初の同祭お出ましとして予定されていたが、武漢コロナウイルスの感染拡大防止のため急遽取り止めとなった。残念極まりない事である。
現行憲法が施行された日である。この憲法は生まれも育ちも悪い。占領下において法体系を変えてはならないという国際法に反している。日本人が作ったという体裁は整えているが実際はそうではない。今の憲法が起草された当時は‘‘GHQ占領下にあり、戦争状態(state of war)が続いていたのである。つまり日本との平和条約(Treaty of peace with Japan)が発効した昭和27年4月28日まで日本には主権がなかった。
英語で書かれたものを日本語に翻訳したのが現行憲法である。敗戦憲法であり、翻訳憲法である。たった270年の建国の歴史しか持たないアメリカが2600年余の歴史を持つ日本に対して行った占領政策はまさに天に向かって唾を吐いたようなものであり、不遜の極みとしかいいいうがない。憲法制定というのは主権の最大の発動であり、主権が無い状態の当時の日本に憲法を創れる訳がないのである。

不二越えの龍(令和2年4月28日)

栗原幸彦作「不二越えの龍」、四曲一隻屏風、令和元年

平成22年より隔年で隔年で開催している日本画家・栗原幸彦先生の個展(会場;小國神社)が今回6回目を迎えた。「日本画の精華 栗原幸彦展2020」と題し、今月3日より18日まで開催した。弊社の企画・主催展である。日本画の題材の基本である花鳥風月の世界に止まらず、栗原先生は富士も描き、また6年前から龍の作品にも挑戦している。平成の御代には単独の龍を描いていたが、令和に改まってからは双龍や富士山との絡みを描くようになった。後者のモチーフは「富士昇龍図」である。これに挑戦した画家はいただろうか?横山大観の作品
「或る日の太平洋」で荒波に翻弄されていた龍は、その70年後に栗原幸彦の令和の新作「不二越えの龍」に於いて蘇った。GHQ占領支配の軛から脱する力を取り戻したように見える。遠州人の力である。
二宮神社(令和2年4月26日)

二宮金治郎(尊徳)をお祀りする神社である。小田原(神奈川県)と日光(栃木県)にある二宮神社が有名であるが、浜松にも3社ある。今日はそのうちの一つで北区細江町中川にある二宮神社に参拝した。番地はは中川7172-797であるが、ナビではピンポイントで誘導はしてくれない。鳥居の脇に石彫の金治郎像(負薪読書像)がある。この像は左足を前に出している。この神社の前には茶畑があり、清らかな空間である。境内には檜が植えられており、手入れが行き届いている。大正7年の創建で、昭和14年にこの地に遷ってきたようである。4月第二日曜日が例祭日となっている。沿革を記した案内板があるが、この地方に報徳を広めた松島十湖の名前はない。
志村けんさんの訃報(令和2年3月30日)

笑刻家・岩崎祐司氏のアトリエを訪れた在りし日の志村けんさん(平成27年)

チャイナ・ウイルスに感染し入院中だった志村けんさんが昨夜お亡くなりになった。お茶の間に笑顔を届ける天才肌のタレントでいらした。先月古希を迎えられたばかりで、まだまだこれからのご活躍が期待される年代なのに残念の極みであります。同世代の人間としても
心よりご冥福をお祈り致します。今月の中旬よりYouTubeで小柳ルミ子さんとのコントをいくつも見ていたばかりだった。
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