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朝顔が咲いた(8月8日)

遅く蒔いた種だったが、今朝初めての花を咲かせた。この青紫の花は夕方になると赤紫に変容し、そして夜半に花弁を閉じる。我が家での久方ぶりの朝顔の花である。昨日が立秋だから、まさしく遅咲きではあるが、爽やかで涼しさを醸し出している。有難いものである。
仁義なき開発(7月24日)

開誠館新施設の建設現場

緑地を擁する歴史的景観がまた壊されている。浜松秋葉神社(袴田哲司宮司)の元境内である。この神社は永禄13年(西紀1570)徳川家康公が岡崎から浜松に入場の際に勧請した神社で、家康公の長女龜姫を娶った奥平信昌の屋敷跡に立つ。祭神は火防の神様・加具土命である。天正10年(西紀1582)武田家が滅びた後、主を失った八百数十名の武田家家臣が家康公に召し抱えられたのであるが、その際の誓約書「信玄衆誓詞」がこの神社に奉納されている。戦前、広大な敷地の一部が浜松商業高校建設の為当時の浜松町に売却された。さらに南北に分かつように切通し道路が造られた。僅かに残された神社北側の500坪ほどの土地も市有化されていたため、ある学校法人に払い下げられた。その結果、神社は半分裸の状態となってしまったのである。
今日が「海の日」?(7月23日)

日の丸国旗が映えるギャラリー広沢

この祝日は当初7月20日だった。明治天皇が50日間の東北巡行を終えられ巡洋艦「明治丸」で無事横浜港に帰着遊ばされた明治9年7月20日に因んで昭和16年に「海の記念日」が制定されたのが、戦後50年位になってやっと「海の日」として復活したのだ。それがいつの間にかハッピーマンディとして7月の第三月曜日となった。そしてオリンピック開催の初日7月24日をスポーツの日という祝日にくっつけるために今年から23日にずらしたという非常に便宜的な操作に基いた変更である。しかし、祝日というのは日にちが大事である。元に戻すべきではないでしょうか?
だから今こそ憲法改正を(6月22日)

オピニオン誌Will保存版 令和2年3月

平成25年以降令和2年2月号までにWill誌に掲載された論文をまとめたもので、以下目次より~①黙って死ねというのかー日本国憲法は玉砕憲法だ ; 江川達也 ②日本よ、完全自立への道標;石原慎太郎 ③「憲法廃棄」こそ日本再興の早道 ④腰抜け憲法だからナメられる;田母神俊雄 西村慎吾 ⑤コロナウイルス対策もできない現行憲法;百地章 ⑥九条という岩盤に風穴を;桜井よし子 田久保忠衛
⑦憲法改正・核保有で最強の日米同盟に;藤井厳喜 飯柴智亮 ⑧九条は戦争の招き猫;ケント・ギルバート 高山正之
五か条の御誓文(6月10日)

以下、尋常小學國史(昭和11年、文部省刊)より~天皇は、維新の政治を盛にして萬民を安らかにさせたいとの大御心から、明治元年三月、紫宸殿にお出ましになり、文武の百官をひきゐて、御みづから新政の御方針を天地の神々にお誓ひになり、それと同時に、これを國民にお示しになった。それは、
一、廣く會議を興し、萬機公論に決すべし。
(広く人材を求めて会議を開き議論を行い、大切なことはすべて公正な意見によって決めましょう。)
一、上下心を一にして、盛に經綸を行ふべし。
(身分の上下を問わず、心を一にして積極的に国を治め整えましょう。)
一、官武一途庶民に至るまで、各々其の志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。
(文官や武官はいうまでもなく一般の国民も、それぞれ自分の職責を果たし、各自の志す所を達成できるように、
人々に希望を失わせないことが肝要です。)
一、舊來の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。
(これまでの悪い習慣を捨てて、何ごとも普遍的な道理に基づいて行いましょう。)
一、智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。
(知識を世界に求めて天皇を中心とするうるわしい国柄や伝統を大切にして、大いに国を発展させましょう。)

との五箇条條であって、世にこれを五箇條の御誓文と申しあげる。そこで大政の基がいよいよきまった。

中学校で習ったが、昭和20年までは小学校で教わっていたのだ。戦後は愚民化教育というか、英才・リーダーを育てることを
放棄し、学制の改変、漢字・仮名づかいの略体化が推し進められた。











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