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丁度80年前に就航した戦艦大和は
「アポロの杯」より②(2月16日)

馭者像、前5世紀、デルフィ博物館所蔵

三島由紀夫がデルフィを訪れたのは昭和27年4月27,28日の兩日である。つまりサンフランシスコ講和条約が発効し、祖国日本が占領の軛から解放され主権を回復した日である。~この周知の馭者像の左腕は失はれ、右腕は二本の手綱を握っている。彼は都合四頭立の繋駕を馭してゐるわけである。今もこの青年は見えざる馬を馭して、その若々しい頰は緊張し、そのしっかりと見ひらかれた目は燃えている。~
この青年像は主権を回復した「新生日本」のあるべき姿である。一見美術批評の域を大きく出ていない文章ではあるが、そういうことが行間から透けて見えるのである。国家経営の手綱をしっかりと持ち、進む方向と速度は自分で決めるものだ。

「アポロの杯」より①(2月15日)

パルテノン神殿、前5世紀

三島由紀夫にとっての「〇恋の地」ギリシャに着いたのは昭和27年4月下旬。GHQの占領期間が終わろうとしていた日本を発ってから4ヵ月が経っていた。伊勢神宮と違って、かつての信仰・祭祀の場であったパルテノン神殿は廃墟として残っているに過ぎない。それが見るに堪えるのはまさに三島由紀夫が記している通りである。~空の絶妙の青さは廃墟にとって必須のものである。~ まさしく慧眼である。1981年にギリシャを訪ねたので、それが実感としてよく分かる。
あの夏休みはとても濃厚なスケジュールだった。2週間の前半をギリシャ(アテネ、デルフィほかをバスで観光+地中海クルージング)、後半をバイロイト音楽祭でヴァーグナーのオペラを観劇。デルフィを訪れたのは三島由紀夫の紀行文を目にしていたからであった。しかし、
時間の関係でデルフィ博物館には入れず目的の馭者像は見れなかった。
今年はパロデイ木彫25周年の年に当たるが、岩崎祐司先生が木彫を始めた頃は、観音像や童地蔵など仏教系の作品を彫っていらした。
今回の会場に展示されている明星観音は、実に素晴らしい作品である。
雨のち晴れ(1月8日)

今日の午後の会場風景

午前中雨が激しく降った。そして強風。
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