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篠田桃紅さん逝く!(令和3年4月4日)

在りし日の篠田桃紅さん

篠田桃紅さんが亡くなったという。3月1日、行年107才。彼女の最後の著作本「おしまい」の書評欄(今朝の産経新聞)で知った。3月28日がお誕生日で、その日に合わせて新刊を発売する計画だったという。凄いところは、長命であったばかりでなく、生涯現役の作家でいらしたということである。書家としてスタートしたけれど、アブストラクトな次元迄自己を高めることに成功した。水墨抽象画→墨象というジャンルを創出した。アブストラクトとは、目には見えない世界を可視化することである。般若心経でいうところの「色卽是空空即是色」である。それだけ精神性の高い方であった。そのバックボーンは何だったのだろうか?
3年前の5月末、安曇野のSKY版画工房に作品を返却しに行った。一泊お世話になった後、松本のキルトアート作家・徳嵩よし江先生を訪ね、その足で上田市に向かった。篠田桃紅展を見るためである。静かな感動と共に心が清められ強靭化するのを感じた。
心よりご冥福をお祈りいたします。



日本の美 さくら展(令和3年4月3日)

当時のちらし:クリックすると拡大され展示内容の詳細が分かります

ふと机の横に丸めてあるポスターを見ると、 今日が標題の展覧会の初日だったことが分かった。17年前の事である。会期は5月25日迄。島田市博物館からの依頼で企画した大掛かりなものだった。日本画9名、草木染絵1名、浮世絵3名、木版画1名、写真1名、工芸4名という構成だった。副題は、桜に託された日本人のこころと美意識だった。作品の展示ばかりでなく、桜についての蘊蓄をパネルにしたり、またイベントとして①写真家・宮嶋康彦氏による「桜伝説」のろうどく+スライドショー ②笛匠・小池裕ニ郎氏の横笛演奏を組み込んだ。
数多くの折衝を重ね、そして積み上げた。走りながら考え、並行して広報の仕事も進めた。姫路の森画廊へは2度足を運んだ。作品借用書を主催者である博物館が持たせてくれなかったのだ。工芸は、①染織 ②横笛 ③刀 ④武者凧の4ジャンル。今から思うと大変な仕事量だった。時間との戦いは、オープニングの当日朝まで続いた。貸していただいた作家や博物館の意向とは違う指示が博物館から出されたのだ。宮嶋康彦氏の写真と弘前博物館から借りた棟方志功のポスターの展示体裁に関してだった。それでも奇跡的にクリアー出来た。材料と工具がたまたま用意できたのだ。何かの応援が確かにあった。徹夜仕事だった。一度浜松の自宅に戻り数時間仮眠の後、午前10時(?)から始まるオープニングセレモニーに出席のためまた島田にトンボ返りという強行軍だった。居眠りで国道一号線の反対側車線にはみ出しそうになったが、境界線に設置されているゴムに車輪が当たって音が出たため目が覚めハンドルを切り直した。でなかったら向うから来た車に衝突していただろう。何か不思議な力に守られたのだった。
鉄道の旅 in Europe④ ハンブルク⇔パリ(令和3年3月28日)

シャガールによるパリ・オペラ座の天井画

3月28日というと何故か画家シャガールの亡くなった日に繋がる。シャガールが亡くなったパリでそのことを知ったからか?1985年、今からちょうど36年前のことだ。
当時はハンブルクに住んでおり、家内とまだ2才前の長男と3人で夜行列車でパリ北駅に着いた。目的は、現代アートの祭典[第12回パリ・ビエンナーレ]を見るためだった。画家宣言をした横尾忠則氏が招待作家として出展されていたのだ。ケルン(ドイツ)とブリュッセル(ベルギー)を経由しての約750Kmの旅だった。当時はまだEUがなかったので、国境では夜中にパスポートのチェックがあったのだろう。よく覚えていない。鉄道の旅とパリ・ビエンナーレ、そしてシャガールの死が記憶の中でセットになっている。
ビエンナーレの会場は元屠殺場で、天井が高く広大だった。世界中から数多くの作品が集まるのだ。アンセルム・キーファーやペンク、イメンドルフなどのドイツ・ネオ表現主義の作家の大作が目を引いた。バゼリッツやキース・へリングもある。我らが横尾忠則の作品は2階スペースにあった。
①天岩戸開き(天照大神) ②草薙の剣(日本武尊) ③男の死(ヴァーグナーと三島由紀夫) ④瀧男 など。
これら出展作品の制作風景はNHKスタジオで録画収録されている。
いずれも200号以上の大作だった。激しく,荒々しいタッチのほとばしるエネルギーを感じさせた。
その横尾さんの紹介記事がAbonnementという雑誌に載るというので入手したところ、その雑誌にシャガールの訃報が報じられていたのである。

パロディ笑刻をご覧になって(令和3年3月18日)

志村けんさん縁の「アイ~ンは勝つ」

昨日ギャラリーに見えたが休廊日だったのでもう一度見えたという方が自由ノートに書かれた文章が心に沁みた。
~ 昨年60年連れそった主人に先立たれ、コロナ禍もあって最後の別れもままならず、心残りの毎日を過ごしています。本当に1年近く笑う事を忘れておりましたが、本日パロディ彫刻見乍ら成り立ちの元の文を思いつつ大いに笑いました。やはり人間笑わなければ駄目ですね。明日からは今日見せて頂いた彫刻とそれにまつわる文を思い出しつつ思わず笑顔になれると思います。ありがとうございました。遠く三方原からバス乗りついで来ました。~
ご主人は昨年4月に亡くなったということである。一周忌を目前にしてお見えになったのだ。最後の面会は奥様だけ、しかも15分という時間制限付きだった。息子さんは病院側から許されなかったという。何という非情な仕打ちだろう!
会場には、昨年中国武漢市発の新型コロナウイルスに感染して亡くなった「笑いの神様」志村けんさん縁のパロディ笑刻もある。「アイ~ンは勝つ」である。もうすぐ一周忌である。
戦国武将の陶人形(3月17日)

蔵の2階に居並ぶ戦国武将の陶人形()追平藤吉作

陶人形師・追平陶吉氏。昭和15年豊川市に生まれる。79才の現在も制作に取り組んでいる。武将像の表情には鬼気迫るものがある。激し過ぎるのでは?という声もある。これまでに書かれた武将の肖像画は皆おだやかな顔であるが、どうなのだろう実際は?こんな例がある。二宮尊徳翁に仕えた笠原某の以下はコメントである。
「みなさん大黒さんのような顔で描いてらっしゃるが、実際はきつい表情のお方でした。」
以下の戦国武将像が並ぶ。以前はきつさを抑えるために眼を閉じていたが、今回展示の近作は目を開いている。
①織田信長 ②明智光秀 ③柴田勝家 ④加藤清正 ⑤伊達政宗 
そして、屋根裏部屋のような蔵の二階には、達磨、七福神より布袋,恵比寿、笑う鬼童子なども並んでいる。色付けもしっとり感があって味わいがある。

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