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鯉のぼり(5月1日)

小国神社の鯉のぼり

今日は風の強い日で、小国神社の第一鳥居横の駐車場の上方に鯉のぼりが元気よく泳いでいた。
ジャンルは布工芸から生まれた芸術的な布絵である。作家は、民芸運動の創始者・柳宗悦に私淑する徳嵩よし江である。会場は遠江國一宮・小国神社の一角にて、樹齢数百年の杉の木立を借景とする。徳嵩氏は、30才の頃よりキルト創作の世界に入った。独学である。素材の古布は、捨てられてゆく運命であったが、作品として保存され、新たな命を得たのである。布を縫う一針一針が目に見えない命を紡ぐ作業である。展示作品は20点。藍木綿によるキルトアート作品が林立する様は圧巻である。来場者の誰もが、入口で息を呑む。
テレビ放送還暦(2月1日)

テレビ放送還暦(2月1日)

テレビ放送還暦(2月1日)

テレビ伝送実験装置

今日テレビ放送が開始されてから60周年を迎えた。今でこそテレビのない家庭はないし、車と同様一家に何台もあるという時代になったが、昭和34年(1959年)ではまだ4世帯に1台の普及率だったという。松山(愛媛県)の生家にテレビが来たのが昭和36,7年くらいだったろうか?それまでは、お医者さんの家など裕福な家に見せてもらいに行った記憶がある。先日亡くなった大鵬、そして柏戸の取り組み、力道山のプロレスなど親戚やご近所が大勢集まり手に汗握り大声で声援したりやじったりのにぎやかな観戦風景が懐かしい。不便な時代にこそご近所同士の交流が密だった。映画の黄金時代が終焉を告げると、今度はテレビの時代となった。しかし、昨今のテレビ番組の内容は日本人の”脳力”の低下を感じさせる。ある勢力の席巻と相乗しているのだろう。現象として、ハードの普及率とコンテンツの質は反比例しているようだ。技術の歴史を振り返ると、全電気式テレビ受像技術が開発されたのは昭和2年(1927年)、浜松の高柳健次郎(明治32年/1899年~平成2年/1990)によってだった。氏は今頃天国で苦笑しておられるに違いない。今や時代はパソコン、しかもモビールの時代になった。映像処理技術も進展しており。弊社インフォテイメントの関連会社㈱クロスデバイス(早川達典社長)が昨年画期的な技術を開発した。静岡文化芸術大学や㈱フィリット(湖西市)とのコラボが結実したのである。ご参考までにそのURLをクリックしてみて下さい。→ http://www.idoga.jp/ このidogaについてのお問合せは筆者(インフォテイメント/亀岡)までどうぞ(090-7302-1653あるいは[email protected]
 
戦前の文部省唱歌の歌詞は”やまとことば”で書かれている。一音一音が母音と一緒になっており、右脳の働きを活性化すという。戦後の音楽教育はこの唱歌を教えることに熱心でなくなっている。
三方柑(12月25日)

栗原幸彦画「三方柑」

三方柑を西の方角に置くとお金が入ってくるという。日本画家の栗原幸彦先生から伺った。今日のお昼過ぎに滝沢町(浜松市北区)にあるアトリエにお邪魔した時のことだった。孔雀を始め、いろんな鳥、動物また桜や梅など、画材をご自宅の敷地の中で飼育し栽培しておられる。自然との一体感の中で創作している稀有な画家でいらっしゃる。
  http://www.infortainment.jp/artist_info/main.php?mode=detail&article=2

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