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安曇野の青い空(12月1日)

黒澤監督の「夢」(1990年封切)のロケ地となった安曇野の一風景

信州安曇野は四季を通じて魅力的である。安曇というのは、南方からやってきた海洋民族の名前からきているという。なるほど、穂高神社の入り口には長さ5メートル位の舟が飾られていた。この神社のご祭神であられる穂高見神と綿津見神はともに海人族である。その名前の響きに惹かれて安曇野に住むシルク版画作家・福本吉秀氏の作品展を数回、浜松(静岡県)で開催したことがある。週刊新潮の表紙絵で知られる成瀬政博氏のご紹介だった。福本さんの作品には安曇野のさわやかで清々しい空気が感じられる。謙虚で誠実なお人柄が如実に作品にも反映されており、高品位の透明感が感じられる。このホームページで福本さんの作品が楽しめます。
  http://www.infortainment.jp/on-line_shop/main.php?mode=list&cat=1
余談ながら、初めて劇場で観た黒澤映画は安曇野ゆかりの「夢」だった。パリのシャンゼリゼ近くの古色蒼然とした劇場だったが、大勢のフランス人に混じって日本映画を観るのも不思議な気分だった。また、外地で(映画の中で)見た日本の風景を帰国後実際に目にした時は感慨深いものがあった。
掛川二の丸美術館「渡辺崋山とその弟子たち展」(11月28日②)

竹の丸(旧松本家)の貴賓室から掛川城を望む

森町から車で約30分。今日最終日を迎えた「渡辺崋山とその弟子たち展」を見学した。この二の丸美術館は掛川城のすぐ下に位置し、前は大日本報徳社の講堂や和風建築の図書館で、実に文化の香り馥郁とする素晴らしい環境にある。
渡辺火山(1793-1841)は、伊豆韮山の江川英龍(1801-1855)同様、国防に強い憂いを持った役人(40才で田原藩江戸家老)であり、谷文ちょうに師事した画家でもあった。蘭学会のリーダー的存在であったために御用学問であった儒学派により弾圧された(蛮社の獄)。現代でいえば、村山談話について政府見解と異なる内容の論文を書き免職同様の退職を余儀なくされた田母神俊雄前空将が同じ仕打ちを受けた。思想・言論統制をやり始めたらその政権は長くはない。それはこれまでの歴史が如実に語るところであろう。なお、華山の遺書と崋山筆の「孔子像」とが近くに展示されているのが印象的であった。

そこから歩いてすぐの「竹の丸・旧松本家邸宅」の2階・貴賓室の窓から掛川城、そしてきれいに色付いた紅葉の美しさを
堪能した。部屋の畳の上には紅葉の葉っぱがたくさん窓の外から舞込んでいて、きれいだった。ちなみに、建築学的にも重要なこの邸宅は日露戦争勃発の前年明治36年(1903年)に建てられたが、当時掛川城は(1854年の地震で崩壊のため)形がなかったのだから、この家の当時のご当主はこの光景は目に出来なかったということになる。霊界電子メールで送って差し上げたいものだ。
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