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モーツアルト(1月27日)

ザルツブルグの町並み

今日はモーツアルトの誕生の日である。18世紀の中頃(1756年)にオーストリアのザルツブルクという
町に、音楽家のレオポルト・モーツアルトの長男として生まれた。35年の生涯で626曲の作品を世に遺した。その生まれ故郷ザルツブルクがユネスコによる世界遺産に指定されたのは、モーツアルトの名声に負っている部分も少なくはないに違いない。その生家(Geburtshaus)は今は記念館になっている。かつて一度訪ねたことがある。向こうの家屋は石造りでとても堅固である。石の階段を昇っていった。友人のヨゼフ・ランゲが描いた寂しげな晩年のモーツアルトの肖像画(横顔、未完)が印象的だった。あの音楽は、音楽が音楽らしくあった時代の象徴のように、明るく弾んでい、そして時折その真逆の表情を見せるのである。最後のシンフォニーの最終楽章の主題が好きだ。今、頭の中で雄々しく鳴り響いている。日本の桜の風情そのものだ。
音楽評論家・吉田秀和氏の訃報に接して(5月25日)

音楽評論家の吉田秀和氏が亡くなった。22日だったという。不思議なものだ。ちょうどその頃だっただろうか、ある本屋で超久しぶりに「レコード芸術」を手にとり、氏の批評文を眼にした。ご健在なんだなあ、と感慨を覚えた。ベートーヴェンの交響曲第五番やジュコメッテイの彫刻のように、無駄なものをそぎ落とし、直截な表現が際立っていらした、高く聳え立つ名文筆家であった。ガ~ンと脳天に稲妻を受けたような衝撃をその文章から始めて受けたのは、あれは昭和48年(西暦1973年)の暮れだったろうか、場所は三ノ宮の駅ビルにある本屋だった。「ラジオ技術」誌に吉田秀和氏の「グスタフ・マーラー」の連載第一回目が載っていたのだ。Erwin Ratzというドイツの音楽学者の”Gustav Maheker"を引用しながら巧みに論旨が展開されていた。ちょうど卒業論文で「グスタフ・マーラー」をテーマにしていたので、その文章の凄さを実感した。こわいもの知らずで、年賀状を書いたところ、何と踊るような勢いのある筆跡で奈良の下宿に返事が届いた。ビックリした。氏の姿を初めて近くで観たのは、氏が館長を務めることになった水戸芸術館のこけら落としコンサートの会場だった。当時の佐川・水戸市長から招待券をいただく巡り合わせがあり、ちょうどパリから帰国した翌日だったので、ラッキーなことにその恩恵に浴することができた。ハイドンのチェロ協奏曲だったが、小澤征爾指揮・水戸室内管弦楽団の演奏だった。独奏は堤剛だったか?その演奏が始まる前に客席から吉田秀和氏が舞台の上に上がられ館長としてのあいさつをされた。力のこもった実に勢いのある話しぶりだった。多くの人材を育て、啓蒙の文章を綴り続けた人生だっただろうか。ご冥福をお祈りいたします。
Try again,復興への意志(12月31日)

掛川・粟ヶ岳の山頂から望む今年の初日の出(撮影:山田繁之)

今年7月末に歌手・長淵剛氏が被災地・宮城県石巻市で激励のコンサートを開いたという。歌の力、音楽の持つ力はやはり凄いと思った。祖国日本への熱い想いが根底にある。救済活動を続ける自衛隊の方々を激励するコンサートは感動ものである。”Try again for Japan"と
題された日和山のコンサートには小学生児童を中心に1000人があつまったという。標高56メートルのこの低山には闘いの神様・タケミカズチノミコトを祀る鹿島御児神社が鎮座している。遅ればせながら、このことを知った今日という日が平成23年最後の日であり、明日から新しい年が始まるという巡り合わせに不思議なものを感じる。長淵氏が鹿児島出身であることも、うなずける。日本もまだ捨てたものではないかも知れない。転回点である。”東の野にかぎろひの立つ見えてかえりみすれば月かたぶきぬ”(柿本人麻呂)

「先人の肖像画展」の初日に間に合わなかった浜松出身の作詞家・清水みのる氏の肖像画が、今日の午後作者本人によって持ち込まれた。対象の本質をしっかりと捉えた秀作である。これで浜松ゆかりの先人コーナーが全数整い、全体でも80点となった。昨日の開会セレモニーでは、フルート演奏により「森の水車」(作詞:清水みのる、昭和17年)が披露されたが、詩の方もきちんと用意しておくべきだった。昭和21年に田端義夫の歌で大ヒットした「かえり船」が清水みのる氏の作詞である旨をプロフィールの中で書いたのであるが、”かえり船”が戦地からの”引き揚げ船”のことだとは不明にて知らなかった。恥ずかしいことである。
なお、「星の流れに」が清水みのる氏の代表作である、というご助言も来場の方よりいただいた。

モーツアルトの夏(8月5日)

1788年の6~8月の短期間にモーツアルトの最後のシンフォニーが続けて三曲作られた。第39番、第40番、そして「ジュピター」の副題を持つ第41番である。いずれも演奏時間が30分を割るので、続けて聞いいても、マーラーの交響曲第3番の永さに満たない。以前、カール・ベームがアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮した演奏のLPを大事にしていた。
1950年代半ばにステレオ録音された盤で、確かフォンタナレコードから発売されたものだった。大学時代に買ったもので、
卒論でマーラーについて書いていた時によく聞いていた。そのLPは2回目の欧州駐在から帰国したとき処分してしまった。今から思うと、本当にしまったことをしたものである。同じ録音がCDになったものを最近買ったが、感慨深いものがあった。
カール・ベームの実演は一度だけハンブルク(当時は西ドイツ)で聴いたことがある。演目はモーツアルトではなく、ブルックナーの交響曲第七番であった。巨匠のオーラというものは凄いもので、舞台に出てくるだけで聴衆は緊張した。演奏の運びも実に堂々としたものである。
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