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映画編集の匠・浦岡敬一(令和3年9月18日)

ありし日の浦岡敬一氏、袋井のギャラリーシルエットで,1999年

今からちょうど20年前、「映画編集の匠・浦岡敬一展」を開催した。会場は、入野町のギャラリー蔵だった。磐田の中川研一氏が集めた
浦岡敬一氏が編集した映画のポスターを中心に、台本、諸資料、編集機材などを並べた。地元浜松だけでなく東京からも浦岡さん縁の方々がお見えになり、盛況を呈した。会場入り口には、浦岡さんが昭和58年に編集を完成させた「東京裁判」のポスターを展示した。そのポスターの上に飾ったのが、以下の浦岡敬一氏による「ごあいさつ」である。
~昭和34年、私は小林正樹監督作品『人間の条件』六部作の編集者に抜擢され、平成4年鈴木清順監督作『結婚』までの33年間をフィルムエディター(映画編集者)として挑戦の日々を送ってきました。ー途中略ー  映画は生病老死、喜怒哀楽を表現するものだと言いますが、私の映画生活は、その通えい人間を見つめ続けて来た日々でした。それは、フィクションのドラマに心をぶち込んで過ごした50年でもありました。どの作品にもある主義主張を明確に表現するためには、編集と云う作業は、唯単にフィルムをつなぎ合わせればいいものではなく、理論に沿って構築された映像表現芸術であらねばなりません。そういった意味合いからも、一緒に仕事をさせて頂いた大島渚、篠田正浩、中村登、山田洋次、左幸子、実相寺昭雄、杉田成道、これらの監督が自由に任せてくれたのは、私にとって至上の喜びでした。すばらしい監督、スタッフ、俳優に人間としての生き方を教えて貰った人生でした。映画編集に対する疑問にどれだけ克明に御説明できるか、会場にて誠心誠意対応するつもりです。平成13年5月18日(金) ~

仰げば尊し(令和3年9月2日)

かつて卒業式の時に歌われた曲である。映画の中にも使われている。惜別の歌である。「二十四の瞳」(昭和29年、木下惠介監督、壷井栄原作)や「ビルマの竪琴」(昭和31年、市川崑監督、竹山道雄原作)など。日本の歌100選に入っているようだ。そもそもは、明治17年に出来た文部省唱歌である。
1.仰げば尊し 我が師の恩 教えの庭にも はや幾年
思えばいと疾し この年月 今こそ別れめ いざさらば
2.互いに睦し 日ごろの恩 別るる後にも やよ忘るな 
身を立て名をあげ やよ励めよ 今こそ分かれめ いざさらば
3.朝夕馴れにし 学びの窓 蛍の灯火 積む白雪
忘るる間ぞなき ゆく年月 今こそ別れめ いざさらば

なお、日清戦争後より大東亜戦争終結までの約50年間我が国の統治国だった台湾では今でもこの歌は卒業式の時に斉唱されているようである。






映画ポスター展(令和3年9月1日)

木下惠介作品「二十四の瞳」のポスター

22年前の2月、寒さも極まった頃だった。その前年の9月に亡くなった黒澤明監督の関連の展覧会を企画、開催した。映画「影武者」と「乱」の絵コンテによるリトグラフ版画を中心に画家としての黒澤明にスポットを当てたものだった。会場はオープンしたての西区のギャラリー蔵。映画編集の第一人者・浦岡敬一氏とはここで出会った。そして、映画ポスターのコレクターお二人との出会いがあった。袋井のM氏は黒沢明作品を中心に、磐田のN氏は木下惠介作品を中心に集めていた。お二人の協力を得て「黒澤明・木下惠介映画ポスター展」の企画が誕生した。浜松の天神蔵ギャラリーでは弊社の主催で、天竜の中央図書館では天竜市の主催で開催された。
天竜の方では主な作品の(DVDによる)上映会も開いた。木下監督の「二十四の瞳」の上映の時は観客はたった一人だった。中止にしようかと思ったが、懇願されてまた遠くから見えたということもあり上映に踏み切ったものだった。
昭和29年の作品で、まだモノクロの時代である。黒沢監督の方は、「七人の侍」が封切された年だった。朝鮮戦争が終わり、自衛隊が結成された年でもあった。またその2年前にはサンフランシスコ講和条約が発効し我が国が主権を回復していた。


「キネマの神様」原作(令和3年8月29日)

原田マハによる原作本(文春文庫)

昨夕コンビニで買った「キネマの神様」の原作本を読んだ。14年も前に別冊文芸春秋に連載が始まり、その翌年の暮れに単行本化された。10年前に文庫本化されて以来38回も版を重ねている。作者の原田マハ氏は東京生まれの岡山育ち。関西学院大学や早稲田大学で文学や美術を学び研究した才媛である。自分より一回り年下なので来年は年女である。ペンネームのマハは、スペインの画家ゴヤの作品名から
採ったという。
言葉に弾みがあり、情景描写にも潤いがある。情感がこもっている。ストーリーの構成と流れはしなやかである。つまり、映画製作でいうと、編集が巧みだ。育った環境と学び見聞し社会に出てからの体験などを土壌とし、そこに種(テーマ)を植えて芽が出て育ち「小説の神様」の眼差しに見守られながら作品という大樹を育て上げたのである。映画化に際しての脚本は原作の骨格を生かしながらも、大鉈を振るった改変が施されている。

現在住んでいる所は、浜松駅から北に15Km位、三方ヶ原台地の東端に位置し緑豊かな場所である。標高は75m。地盤は固く、また目の前の道路は緩やかな傾斜になっており、大雨が降っても被害の心配がない。近くに大型ショッピングセンターが3つもあり、そのうちのひとつは温泉施設ばかりか東宝シネマという映画館をも擁する。距離にして我が家から約4キロ、なだらかな坂を下りたところにある。
ここの映画館で「キネマの神様」という映画を観た。
ギャンブル(競馬と麻雀)と映画が趣味の主人公ゴウさんこと円山郷直を沢田研二さんが好演していたが、当初は昨年武漢ウイルスで亡くなった志村けんさんを予定していたという。エンドロールに「志村けんさん、ありがとう」の文字がはいっていて感動的だった。

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