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ブログ

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安曇野SKY版画工房展始まる(7月22日)

長い梅雨の合間の快晴。今年5周年を迎えたギャラリー広沢(浜松市中区広沢3丁目26-15)での2年ぶりの開催となる。無事初日を迎えた。シルクスクリーン作家のお二人には10日ほど前から出展作品の額装など準備をしていただいていたが、工房の目と鼻の先を流れる高瀬川が大雨のため増水し洪水の危険性があった。幸い事なきを得て、作品を梱包した4個口が一昨日ギャラリーに届いた。安曇野の山岳を背景にした田園風景や花などを描いた福本吉秀作品が19点、部屋の中ではなくクレマチスやリンゴの花などと絡ませたアウトドア(庭など)の
猫(クロネコが中心)を対象にした伊藤陽作品が12点、計31点が10坪位のギャラリー空間にちょうど収まった。全体の7割が令和の新作である。

夏越大祓式(6月30日)

小國神社での茅の輪くぐり神事

今日は朝から雨模様で、お昼前から雨足が激しくなった。午後3時から森町の小國神社で夏越大祓式が執り行われるので、それまでには小降りになるだろうと予想したらその通りとなった。森町に向かう前に都田の須倍神社に参拝した。伊勢神宮と同じ天津神がお祀りされている。手水舎のすぐ近くに紫陽花が雨に映えきれいだった。小國神社の祭神は国津神。無病息災を祈る「茅の輪くぐり」を初めて体験した。3回輪をくぐるのであるが、左周り→右周り→左周りの順である。左2に対して右1という非対称の原理がここに垣間見られる。中国武漢市発新型コロナウイルスの関係で昨年の4割位の参加者だったようである。
だから今こそ憲法改正を(6月22日)

オピニオン誌Will保存版 令和2年3月

平成25年以降令和2年2月号までにWill誌に掲載された論文をまとめたもので、以下目次より~①黙って死ねというのかー日本国憲法は玉砕憲法だ ; 江川達也 ②日本よ、完全自立への道標;石原慎太郎 ③「憲法廃棄」こそ日本再興の早道 ④腰抜け憲法だからナメられる;田母神俊雄 西村慎吾 ⑤コロナウイルス対策もできない現行憲法;百地章 ⑥九条という岩盤に風穴を;桜井よし子 田久保忠衛
⑦憲法改正・核保有で最強の日米同盟に;藤井厳喜 飯柴智亮 ⑧九条は戦争の招き猫;ケント・ギルバート 高山正之
鷹見泉石像(6月17日)

「鷹見泉石像」渡辺崋山作、絹本着色、国宝

作者の渡辺崋山(寛政5年,1793~天保12年,1841)は、三河國田原藩の藩士の子で江戸に生まれた。父親の禄は僅小で、崋山は極貧の中で絵を描きそれを売って生計を支えたという。剣術にも秀でていたのであろう、運筆に一切の迷いがない。背景を描かない空間処理の巧さは宮本武蔵(二天)の傑作「古木鳴鵙図」を連想させる。西洋画の陰影法を取り入れてあると言われているが、一体崋山は当時のどの西洋画をみたというのであろうか?鷹見泉石(天明5年,1785~安政5年,1858)は、儒学者で幕府の能吏であって、あの大塩平八郎の乱を制圧した人物である。その怜悧な人間性を見事に崋山は「写して」いる。「源頼朝像」に比肩する凛とした空気感、品位と精神性の高さがひしひしと伝わってくる。泉石53歳の像で、崋山はその時44歳。蛮社の獄のきっかけとなったモリソン号事件の年である。愛知県の田原博物館でこの作品を見えるかと思いきや、「佐藤一斉像」と共に東京国立近代美術館の蔵という。
浜松報徳館(6月13日)

浜松東照宮(中区元城町)の鳥居を出て直進30m位右手に浜松報徳館がある。明治18年に遠州の報徳運動の拠点として建てられた建物は戦災で焼け、昭和25年に再建された。幾つかの変遷を経て現在は、大日本報徳社(掛川市)のの分館として位置付けられている。50年前から西遠連合報徳社として毎月第二土曜日に常会が開かれているが、武漢発の新型コロナウイルス感染防止のため、4月、5月の常会は中止となった。今日は、本来4月に行われるはずだた「先賢物故者慰霊祭」が神官をお迎えして執り行われた。祭壇に神饌をお供えし、修祓・祝詞奏上・献餞など粛々と進行した。岡田佐平治、岡田良一郎、小野江善六ら、報徳運動の振興に貢献された先賢の名前が祭文の中で読み上げられ顕彰された。
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