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新嘗祭(令和3年11月23日)

昨夜降った激しい雨が今朝はすっかり上がって絶好の新嘗祭日和となった。8時前に国旗を掲げた。以下、宮内庁ホームページより~
天皇陛下が,神嘉殿において新穀を皇祖はじめ神々にお供えになって,神恩を感謝された後,陛下自らもお召し上がりになる祭典。宮中恒例祭典の中の最も重要なもの。天皇陛下自らご栽培になった新穀もお供えになる。
実りの秋(令和3年11月15日)

たわわになる次郎柿

我が家のすぐ北にフルーツパークがあり、そのすぐ北に隣接する大平(おいだいら、浜松市浜北区)は次郎柿の名産地である。実が大きい。郷里松山にいた高校生のころまでは畑の一角に生えている富有柿をよく食べていた。高さ5メートル位はあったろうか、よじ登って西の丘陵地に沈む夕日を眺めながらもぎって丸かじりした。はるか北の方には松山城が見えた。
柿と言えば、「柿食へば鐘がなるなり法隆寺」という正岡子規の句が有名である。明治28年、松山から東京に戻る途中寄り道をして詠んだものである。今読み返している司馬遼太郎の「坂の上の雲」にそのことが記されている。
小國神社本殿遷座祭(令和3年11月10日)

本殿遷座祭が執り行われた日は寒さが厳しくなり、夕刻には14度まで冷え込みました。篝火とすだく虫の音が闇と静けさを演出する中、神官の隊列が玉砂利を踏むザッザッという音で儀式が始まりました。緊張の一瞬です。拝礼と打田宮司様の祝詞奏上など一連の儀式のあと、ご神霊が白い布に包まれて仮殿を出られコの字型で静々と拝殿を経て本殿に移っていかれました。私のすぐ目の前で角を曲がられる瞬間に右手の篝火が上方高く勢いを増したのには驚き、目には見えないご神霊の存在を畏れと共に実感しました。




その四日前に山上の本宮に昇っていたので、ちょうど良い流れの中での参列となった。
今日は明治天皇ご生誕の日で、かつては天長節、崩御されてからは明治節となり祝祭日であった。そして、12年前のこの日は伊勢神宮での宇治橋渡り始め式に招かれていた日本画家・鳥居禮先生に同行した。戦国時代には中断されていたが、持統天皇以来20年ごとに建て替えられて神様のご神威が保たれてきた。式年遷宮のその関連行事は33もあり、鳥居先生はそれらの行事を20号の作品に描かれて奉納されていた。儀式が終わって渡り始めをする前に撮ったのが右の写真である。完成したばかりの文字通りぴかぴかの檜材で造られた宇治橋である。晴れ渡り青く澄み切った伊勢の空、空気を思いだす。そして、今日11月3日が「明治の日」になる日の近いことを念じる。
一期一会(令和3年10月14日)

池谷大三郎作「影向」(みょうごう)、気配のようなもので、音や光に神を感じ、光を影として

庭師で抽象美術作家の池谷大三郎氏が今月2日に亡くなった。肺癌を患っていらしたようだ。2か月ほど前に「満蒙開拓団」のことで電話をしたばかりであったが、その時はそんな気配を感じなかったのだが‘...。享年74才である。早すぎる死である。ダイザブロウをもじってダイゾーさんと呼ばれ親しまれていた。徳のある方だった。今日知人に伴われて弔問に伺い線香を手向けさしていただいた。奥様からある仏教団体の会報(平成26年7月発行)を見せていただいた。原稿用紙6枚弱の寄稿である。~夕刻から降り始めた雨が小やみになり、渇きを癒やすかのように草木がしっとりと蘇っている。数日前まで金木犀の香りを楽しみ.....これから天候が回復する予兆なのか、上空ではしきりに百舌鳥の雄叫びを上げる声が聞こえます。一瞬の風と共にひらひらと舞い落ちる病葉、欅の濡れ落ち葉が庭の土間の余白や木曾石の平石の上に彩り豊かに重ね合わされている。時々刻々と変化する自然の砂を眺めながら朝のお茶を飲む、至福のひとときです。~ ダイゾーさんのご自宅での描写である。今日お暇する時に眼を見張った「欅」は植えて38年の間に直径40センチ強にまで育っている。公道に面した前庭には今も活きている井戸がある。
平成27年の3月に小國神社で「椿アート展」を開催した時にダイゾーさんのご協力をいただいた。天龍の阿多古から切り出してきた青々とした3本を使ったオブジェで空間アート作品である。





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