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ブログ

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今日は「時の記念日」である。大正10年(1920)に、東京天文台と生活改善同盟とで決めたという。時間をきちんと守って合理的な生活をしましょう、というのがその趣旨らしい。日本最古の時計が作られたのは、天智天皇10年4月25日。グレゴリア暦で671年6月10日である。<漏尅を新しき台に置く。始めて候時を打つ。鐘鼓を動す。始めて漏剋を用いる。此の漏剋は、天皇の皇太子に爲(ましま)す時に、始めて親(みづか)ら製造(つく)りたまふ所なり、日本書紀> 漏尅とは水時計のことである。一昨日、静岡ときの会主催によるシンポジウムが開催された。家康公ご愛用の置時計が久能山東照宮博物館にあり、その文化遺産に因んでからくり時計を作ろうという運動である。

初夏の味覚(6月4日)

焼津市のある一角に実る琵琶

焼津市にパロデイ木彫作家・岩崎祐司先生を訪ねた。8月下旬にプレ葉ウオーク浜北で個展を開催するための打合わせである。途中道を間違えて、住宅街に迷い込んでしまった。けがの功名というか、写真のようなたわわに実った枇杷の木に遭遇した。吉兆である。

徳嵩トクタケ・キルトアート作品(5月31日)

徳嵩よし江作「香久の舞」(平成22年)

5月も今日で最終日。信州・安曇野より布工芸作家の徳嵩(とくたけ)よし江先生がお見えになった。先月中旬に森町・小国神社で開催の個展(主催:インフォテイメント)で展示の「香久の舞」(右写真)を奉納されるためである。午後一時に同社に赴き打田宮司様にごあいさつの後、拝殿で奉納作品をお祓いしていただいた。以下、徳嵩先生が作品に添えらられたメッセージである。  つわものの朗笑聞こゆ浪の間に     潮の道みち香久の和を舞う~瀬戸内海を巡っての海の祈り 富士山を仰いでの山の祈り 橘の別称・香久の実と満月を、富士山の稜線を巫女の袖衣に重ね 古着やぼろなど綿布を素材に 日本固有の針技ぐし縫いをもってのキルトアート。忘れられ消えてゆく運命の古布が、作品として新しい命を得て保存された例である。また、身にまとう用途をもった実用的なものが、芸術作品という新しいステージで光を浴びたのである。 http://yoshie-nodoka.at.webry.info/

日本海海戦の日(5月27日)

「三笠艦橋の図」(東城鉦太郎画)

明治38年(西暦1905年)の今日、大日本帝国連合艦隊(東郷平八郎司令長官)は帝政ロシアのバルチック艦隊を壊滅的に破った。日露戦争における日本側の勝利を決定づけ、ポーツマス講和条約へと繋がった戦勝であった。この日本の勝利のニュースは、欧米列強の植民地支配に喘ぐ多くのアジア、中近東、アフリカ諸国を勇気づけた。ベトナムもそのひとつであった。同国の独立運動家ファン・ボイ・チャウは日本に向け密出国を企て、大隅重信や犬養毅の勧めで自国青年の人材育成を通じ独立への準備を進めたのであった。が、数年もすると資金も底をつき、運動の継続が難しくなった。その難局を救ったのが袋井(静岡県)出身の医師・浅羽佐喜太郎であった。今年は、日本とベトナムの国交樹立40周年の節目の年で、それを記念してファン・ボイ・チャウの活動を描く映画製作が企画されたという。昭和27年4月に、敗戦後7年目にして主権を回復した日本であるが、今度は真の独立を目指して多くの”ファン・ボイ・チャウ”が日本に育たなくてはならないだろう。

日本画教室(5月23日)

会場は緑あふれる小国神社の一角です。また講師は日本画家・栗原幸彦先生という贅沢な環境・陣容です。昨年10月にスタートし、今月で早や8ヶ月目となっております。栗原先生の作品展を二度この会場で開催させてただいたご縁で(①平成22年4月 ②平成24年4月)事務局を仰せつかりました。入会は随時OKですので、関心のおありの方は是非ご連絡下さい。要綱をお送りいたします。連絡先:電話053-474-0121, E-メールkameok[email protected]  携帯:090-7302-1653 (有)インフォテイメント・亀岡

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