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戦国の世の風雲児・織田信長(4月28日)

会場入り口風景

”応仁の大乱より後、百年の間、戦国紛乱、群雄割拠の世であった。といいますのは、つまり日本という国が統一を失って、分裂し、分解していたということであります。その分裂分解の状態から、再び統一を取り戻す為には、当然中心が無ければなりませんが、中心は幸いに在るのです。天皇がおいでになるのです。その天皇を奉じて天下を統一する武力が必要でありますが、是れが中々出て来なかったのでした。戦国の群雄の中で、特に戦力の強豪を以て謳われた者は、甲斐の武田信玄と、越後の上杉謙信とでありました。両人とも、天下の統一に貢献したい希望もあれば、自信もありましたが、然しそれは足利将軍を補佐し、その下で働くという考えで、まだ室町の旧体制から脱却して居らず、猶またその武力も到底四海を制圧するには足りませんでした。ところが尾張に織田信長が出るに及んで、初めて統一の機運が動いて来ました。” ~今泉澄きよし著「物語日本史」(講談社学術文庫)より

「戦国武将の世界展」始まる(4月27日)

陶人形師・追平陶吉「戦国武将の世界展」が本日初日を迎えた。会期は今日から来月12日まで。会場は創建1450年を誇る遠江國一宮の小国神社の一角である。新東名が開通してちょうど1年、連休を利用して遠路参拝に見える多くの方々にもご来場いただき、追平陶吉氏(現在72才)の作品を見ていただければと思う。戦国の世に、そして乱世を生きた武将の生きざまに思いを馳せていただきたい。

ジャンルは布工芸から生まれた芸術的な布絵である。作家は、民芸運動の創始者・柳宗悦に私淑する徳嵩よし江である。会場は遠江國一宮・小国神社の一角にて、樹齢数百年の杉の木立を借景とする。徳嵩氏は、30才の頃よりキルト創作の世界に入った。独学である。素材の古布は、捨てられてゆく運命であったが、作品として保存され、新たな命を得たのである。布を縫う一針一針が目に見えない命を紡ぐ作業である。展示作品は20点。藍木綿によるキルトアート作品が林立する様は圧巻である。来場者の誰もが、入口で息を呑む。

戦国武将展、種子島時尭(3月24日)

種子島時尭像

追平陶吉氏が陶人形作りを始めたのは、50才の時だった。平成2年(1990年)、昭和天皇が崩御され平成の御世が始まった翌年、それまでの仕事の関係で病気になり入院中に焼き物の世界への誘いがあったのだ。どういうきっかけで転機が訪れるのか分からないものだ。最初は童像や河童などを創っていたが、知人の火縄銃の収集家(日本一)から種子島時尭像の制作を依頼された。愛知県豊川市の本願寺や長谷寺に奉納されていた山本勘助像の実績が次の新しい仕事につながった、陶人形作家を生業としてやっていけるという光が心の中に射した一瞬だった。

陶人形師・追平陶吉「戦国武将の世界展」始まる(3月23日)

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など、戦国武将の陶人形20数点が並ぶ。迫力ある表現で、戦国乱世を生きた武将たちの厳しさ、力強さが伝わってくる名品が揃っている。会場:プレ葉ウオーク浜北2階のプレ葉ホール、入場料:大人350円、高校生以下250円静岡県浜松市浜北区貴布祢1200番地 後援:浜松市、浜松市教育委員会、浜松商工会議所、浜北商工会、静岡新聞shあ・静岡放送、中日新聞東海本社、産経新聞社静岡支局、天竜浜名湖鉄道㈱、企画:(有)インフォテイメント/亀岡光則、。50才の時病で入院。それが陶人形作りを始めるきっかけとなたっという。以来、独学で試行錯誤を繰り返。し、暗中模索の5年間。その暗いトンネルを抜けた時、陶人形師・追平陶吉が誕生していた。以下、浜松を代表する製作会社㈱クロスデバイスが開発した360°撮影技術idogaによる映像をご覧下さい。臨場感たっぷりの画期的な技術です。(下記のURLをクリックして下さい) 
http://www.idoga.jp/archive/idoga_light/sengoku/sengoku.html

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