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ブログ

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二宮尊徳翁の死(12月4日)

農政家・二宮尊徳翁がその70年の生涯を閉じたのは、安政二年(西紀1856)十月二十日、新暦では今年の場合12月4日である。2年前の嘉永6年4月に病に罹りながらも幕府より命じられた日光神領の興復の仕事に邁進した。その年の7月に長女・文子が他界。
昭和95年(令和2年11月25日)

50年前の11月25日付け朝日新聞夕刊

あれから50年。つまり、昭和45年の今日11月25日に三島由紀夫が東京市ヶ谷駐屯地で自決した。そのことを知ったのは当日の夕刊でだった。大学(大阪外語大)の2年の時で、70年安保闘争で騒がしく、また大阪万博が開催された年でもあった。東京オリンピックから6年後の年でもあり日本の経済成長が活況を呈していた時期でもあった。田中角栄内閣による日中国交回復がなされたのもこの頃だった。購読していたのは朝日新聞だったろうか?当時はこの新聞のいかがわしさにも気づかない、文字通り右も左も分からない田舎出の二十歳前のボンボンだった。下宿は永源寺というお寺(天王寺区谷町九丁目)の墓地の一角にある離れだった。しかも周りはラブホテル街。暗くなってドアを開けると、目の前に墓石が林立し、見上げると極彩色のネオンサインがぐるぐる回っているというとてもシュールな環境だった。死と生、彼岸と此岸が隣合わせというか...。50年前の今日という日の夕方5時ごろ、暗くなった墓地の一角にある離れのドアの下の隙間から、配達された夕刊がスッと差し入れられた。三島事件を報じるでっかい見出しが真っ先に目に飛び込んできたのである。「割腹自殺」とあるが、正しくは「割腹自決」であろう。ものの道理をわきまえない朝日新聞特有の汚い表現である。

小國神社の紅葉(11月21日)

「コレクション:ブルー展」会場階より

拝殿近くを流れる宮川に赤い太鼓橋が架かっている。そこを中心に紅葉がいまたけなわとなっている。紅葉狩りと七五三参りとで境内には多くの人出があった。今日の4時半からそのライトアップが始まり、その美しさが一段と増した感じである。「コレクション:ブルー展」の会場で「青の世界」を、そして会場をあとにしてから「赤の世界」双方の眼福を楽しめるという不思議な組み合わせが現出した今日の小國神社であった。
コレクション:ブルー展③(11月16日)

今回はある金融機関の所蔵品を特別にお借りした。そのうちの1点が東山魁夷の「道」である。70年前に制作された日本画を40年程前に12号のリトグラフとして版画化されたものであ。遠くから眺めても強い求心力があり、作者の思いの強さが伝わってくる。絵の持つ力の不思議さを感じさせる名品である。原画は長辺が130㎝もあるらしい。東京の国立近代美術館の所蔵であるが、その原画を信州の東山魁夷美術館でご覧になったという女性が会場に現れた。昨年ご主人を亡くし、喪が明けたのでご家族と小國神社にお参りに見えたところ、参道の脇の看板に魅かれて会場に見えたという。何と、ご自身のシンボルカラーが「青」なのだ。
コレクション:ブルー展②(11月15日)

安曇野の風景を描いた福本吉秀作品(シルクスクリーン)

22年前に信州松本市で初めてお目にかかった福本吉秀氏の作品である。30年雨に大阪から安曇野に引っ越された方で、奥様も同様にシルクスクリーンの版画家である。安曇野の空気感、清らかさと清々しさが絶妙にうまく表現されている。これまで10回以上浜松で個展をやらせていただいている。今回入場された方には結構安曇野ファンが多くいらした。穂高や常念、そして有明山。喧噪の中で日々を過ごす都会人のホッとする息抜きと癒しの場である。
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