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「桜田門外の変」(9月11日)

昨年封切られた映画「桜田門外ノ変」(佐藤純弥監督)をDVDで観た。このような重厚な歴史時代劇が映画化されたのはいまの時代にあって誠に喜ばしい。「プライド」や「ムルデカ」の系譜につらなるかも知れない。事件に到った経緯も丁寧に説明されている。黒船で日本を威嚇し開国を迫ってきたアメリカとの条約を和親のレベルに留めていたものを、(日本が列強の餌食になる可能性の高い)通商条約を勅許なしに(しかも日本に不利なかたちで)締結した井伊直弼に天誅が下されたのである。日清、日露を戦い、独立自主を守ってきた祖国日本は、大東亜戦争に敗れたため、みじめなかたちで自国の文化・伝統
の根幹を破壊され続けている。その発端が井伊大老が推進した通商条約だったのである。いまでいうとTPPを推進することに通じている。200年以上も鎖国を続けていたために白人列強と闘うための十分な軍事力がなかったというのが井伊直弼の言い分であったが、守るべきものの優先順位が日本という国の国柄に沿っていなかったのだ。そのあたりの見識が水戸の徳川斎昭や越前の松平春嶽とは異なっていた、というか脆弱であった。水戸には、湊川神社に楠木正成公を祀った光圀公に代表されるように勤皇の志の流れがあり、「大日本史」編纂事業など学問の蓄積がある。”矛とりて 守れ宮人 九重の 御階(みはし)の桜 いま盛りなり”という孝明天皇様の御製にも呼応しているところがある。事件は桃の節句の日,季節外れの雪が降りしきっていた。万延元年(1860年)、今から約150年前のことである。ちなみに、井伊直弼の首級を獲った
薩摩の有村次左衛門(当時21才)は、参議院議員・有村治子氏(http://www.arimura.tv/)のご先祖にあたる。
    

上田毅八郎展(9月10日)

浜松から車で約90分、藤枝市郷土博物館・文学館を訪ねた。一昨日蓮華池という蓮で一杯の池から見上げる丘の上に建っている。赤茶色のレンガ色の外観ゆえに開館当初は刑務所みたいだ、という声が少なからずあったようである。しかし、年月とともに周囲の植栽も育ち、今となっては優雅なたたずまいをかもし出している。アプローチには杉村孝氏の石彫もあり、また入口前には、日の丸国旗と藤枝市旗が風にたなびいていて凛としたイメージもあって私は好感を持っている。あっ、海洋船舶画家の上田毅八郎氏(大正9年/1920年~ )の作品展を観るためにやって来たのだった。10時半よりギャラリーウオークと称して、企画者の榎戸真弓さんとボックスアーテイストの島村英二さんの対話形式の作品解説があった。榎戸さんの巧みな進行と島村さんの丁寧な説明とで上田さんの作品ばかりでなく、その人物像も立体的に浮かび上がり充実した30分であった。なお会場の一隅では、6年前に浜松で開催された上田毅八郎展(主催&会場:アクトボックス in Hamamatsu;佐野公任子代表)時の上田さんの講演ビデオ(貴重!)が流されていている。大東亜戦争の開戦から終戦
まで実に3年8ヶ月の長きに亘って、上田さんは商船の砲兵としてずっと海の上にいた。榎戸さんがまとめられた上田さんの発言録がパネル化されて壁面に飾られているが、とても生々しく迫力がある。作品の素晴らしさだけでなく、上田さんの生き様にも目を見張らせる展示会である。背筋がピンとなり、これを企画された榎戸真弓さん、そしてそれを採り上げられ準備に携われた館長さん&学芸員の皆様に感謝申し上げる次第である。

海洋船舶画家・上田毅八郎展(9月8日)

上田毅八郎画「戦艦大和」

静岡県藤枝市に生まれ、現在浜松市に住む鬼才・上田毅八郎氏の作品点が、ちょうど今日から始まった。会場:藤枝市郷土博物館(静岡県藤枝市若王子500番地、電話:054-645-1100)、会期は10月23日(日)まで。以下、同博物館のホーム
ページより~”ボックスアート(模型の箱絵)の巨匠・上田毅八郎さん(大正9年生まれ)は、藤枝市出身です。これまで海洋船舶画家として戦艦や輸送船、客船、帆船など多くの船舶画を手がけました。アジア・太平洋戦争での実体験をもとに描かれる艦船画は、海と空、そして波を描き分ける表現がすばらしく、荒れ狂う海を航行する軍艦や帆船の勇壮な姿は他に類を見ない迫力です。
今回は、艦船画のほかに、飛行機、車、機関車などの絵画作品と、模型、スケッチブックなどの貴重な資料約80点を展示します。船の大きさや重さ、速度、馬力などの正確なスペックを調べ、天候、風速による船の傾き加減や波の切り方、飛沫にいたるまで計算して描きあげるそのリアルな臨場感をお楽しみください。

ボックスアート(模型の箱絵)の巨匠・上田毅八郎さん(大正9年生まれ)は、藤枝市出身です。これまで海洋船舶画家として戦艦や輸送船、客船、帆船など多くの船舶画を手がけました。アジア・太平洋戦争での実体験をもとに描かれる艦船画は、海と空、そして波を描き分ける表現がすばらしく、荒れ狂う海を航行する軍艦や帆船の勇壮な姿は他に類を見ない迫力です。
今回は、艦船画のほかに、飛行機、車、機関車などの絵画作品と、模型、スケッチブックなどの貴重な資料約80点を展示します。船の大きさや重さ、速度、馬力などの正確なスペックを調べ、天候、風速による船の傾き加減や波の切り方、飛沫にいたるまで計算して描きあげるそのリアルな臨場感をお楽しみくださ。”


積小為大(9月5日)

静岡県掛川市は報徳運動(二宮金次郎の教え)の盛んな町である。お城のすぐ下には、大日本報徳社の講堂があり、駅北口には、二宮金次郎の銅像があるといった具合である。元掛川市長の秦村氏が大日本報徳社の社長ということが大きい。
今日の午後掛川駅に所要で出かけたのであるが、構内にその関係のポスターが貼ってあった。素晴らしいデザインである。

萩(9月1日)

萩の愛らしい赤い花が咲き始めた。蓮華の花によく似ている。かつて、浜松の市の花であった。萩を読み込んだ万葉の和歌があるが、そこに由来しているものと推測している。曰く”曳馬野に 匂う榛原入り乱れ 衣匂わせ 旅のしるしに” 持統天皇が行幸されるときに、ながのいみきおきまろから献上されたもののようである。この歌を彫った石碑は浜松市内数箇所にあり、かつて市役所があった利子公園には、賀茂真淵が万葉仮名で筆記したものがある。それは一般的にはなかなか読みづらいので、その脇にメタルプレートで現代読みが用意されている。浜松在住の万葉集研究家・渡水範子先生にお供して、北脇前市長にその設置を陳情した成果である。浜松文芸館にあるものは、武者小路実篤の書が基になっている。こうして眺めてみると、浜松も結構文化の香り高いものを持っている。

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