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掛川・横須賀街道「ちっちゃな文化展」③(10月22日)

創作人形作家・瀬川明子さん

横須賀街道沿いに建つ築150年の旧家、つまり安政の大地震の数年後に建てられた清水実邸がある。      
近くの酒造会社の山中邸が万延元年(1860年)に建てられており、この清水実邸も同じ頃である。     
創作人形作家の瀬川明子さんはここを会場にしていた。昔ながらの和の空間に瀬川さんの現代アートが融合し、新しい息吹を
吹き込んでいるようだ。そこは頭上高く吹き抜けになっていて、煤けた梁と白壁の対比が美しい。そこに第61回モダンアート展協会賞を受賞した「月光」という祈りをテーマにした兎の大作(写真)が佇立していた。浜松の照明作家・山内某氏の作品と有機的に絡み合っていて、見ていて何かを触発されるようだった。 

~作家のことば~ 
  「月光」    
  2011.3.11  2:46    
  卯の候に…….    
  わたしたちを取り巻く様々な困難、試練    
  只々…..祈るばかり    
  それぞれの驕りを解き放し    
  確かな絆を手繰り寄せ    
  大地を踏みしめて    
  天に思いをはせて    
  「月光」と供に    

瀬川明子 人形展      
会期:11月17日(木)~30日(水)      
・会場:RYU GALLERY 電話:0544-91-7043      
 


掛川・横須賀街道「ちっちゃな文化展」②(10月22日)

マクラメ作家・鈴木真弓さんの最新作

マクラメの展示会場は昨年と同じで、赤堀直司邸の入り口土間と座敷である。      
今年春に最終回を迎えた「富嶽ビエンナーレ展」に入選した大作が場を圧倒していた。      
しかも品格の高さを静かに主張する作品である。マクラメは根気と体力の要るジャンルである。      
基本的には平面作品で壁面を飾るものであるが、今回から彫刻のような立体作品にも      
鈴木真弓さんは挑戦している。      
~作家のことば~      
  じっとしていても動こうとしない    
  サラサラと流れていても見えてこない    
  時間が創りだす景色に惹かれて    
  小さな結びを続けながら表れるものを捜す    
  いつも物語を綴るように    
      
 「鈴木真弓マクラメ展」のお知らせ:      
  ・会期:11月10日(木)~21日(月)      
 ・会場:ギャラリー喫茶「湖風うみかぜ」、電話:053-489-8552      

掛川・横須賀街道「ちっちゃな文化展」①(10月22日)

割烹旅館・八百甚正面

今年で13回目を迎える「~町並みと美の晴れ舞台~ちっちゃな文化展」を訪ねた。
当ホームページでも紹介
されているマクラメ作家・鈴木真弓さんと創作人形作家の瀬川冬子さんの展示を
まず見るためだった。今日は朝から曇空で、会場に着いた5時過ぎには
小雨模様だった。薄暗くなってほのかに灯る明かりが濡れた路面を照らす様はとても風情があった。夜の横須賀街道は初めて
だった。ここは掛川から南へ車で約30分、遠州灘が程近く、かつての横須賀城のあった城下町である。そして、さらに古い歴史を紐解くと、
聖武天皇がお生まれになったことを機に創られた三熊野神社が鎮座している町でもある。
街道は長さ500メートル位であろうか。昔ながらの民家が肩を寄せ合うように
街道沿いに並んでいる。この文化展はこの町並みを見てもらうことが最初の趣旨だったという。。
仕掛け人は、大須賀町の役場に勤めていた深谷孝氏である。
県の文化財団主催の「静岡の魅力フォトコンテスト」の審査委員長を務める
写真家の大竹省二氏はこの町の出である。余談になるが、歌手の金沢明子さんをモデルにした
写真集「さすらい花」の一部撮影がこの町の老舗割烹旅籠「八百甚」でおこなわれた。13年前の第一回目のときは、      
この「八百甚」の二階に昇る階段脇にその写真集が飾ってあり、ノスタルジックで艶かしい作品が印象的だった。そして、目目指す  マクラメ作家・鈴木真弓さんの展示はその「八百甚」の真向かいであった。    

 


櫛づくりの伝統〔9月25日〕

自作群の前の松山順一氏

白州正子著『日本のたくみ』で紹介された「浜松櫛」の展示会が開催された。会場は、掛川城〔静岡県〕 を見上げる「竹の丸」という歴史建造物内のギャラリーである。今日は最終日で15時で終了だった。はがきをいただいていたが、うっかりしていた。着いたのが15時10分ごろで、会場は当然ながら既に撤収モードだった。しかし、残された1/3位の作品群から伝わってくるその精緻でぬくもり感のある作風は十分に感じられた。『日本のたくみ』で紹介されたのは、今は亡き松山鉄男氏であるが、ご長男の順一氏が見事にその技とこころを継承されている。額の数・約50点はあったという櫛作品の数々の展示の素晴らしさもさることながら、父子鷹二代に亘る作品が一堂に見られたということに感銘した次第である。鉄男氏の作品でまだ壁面に架かっていたのは、「皇室着袴之儀式用」と銘打たれた献上品の複製である。縄文遺跡で見付かった赤い漆塗りの櫛や、また聖徳太子ゆかりの櫛など複製作品も数多く展示されていたのだろう。今日この会場で直接目にすることは出来なかったが、それだけにかえってそれらを偲ぶ気持ちがつのるものである。それにしても、櫛には用途、使う人の位に伴って実に種類あまたである。櫛の歴史は古く、「古事記」にもその記述がある。黄泉の国で亡き妻イザナミノミコトの醜い姿を見たイザナギノミコトが、怒ったイザナミが放った大勢の醜女の追手を撃退しようと投げたのが櫛であった。順一氏の作品では、「はままつぐし」の括りの中でも、桜材の「櫛巻」、つげ材による「とかし櫛」、「びんかき」、「町型利久」「手付きとかし」ほか計20種類位、そして「織物用」の櫛まであるのだ。ちなみに、写真の中で順一氏のすぐ後ろに見えるのが、小国神社〔静岡県周智郡森町〕のご神木「いすの木」で作られた「富嶽」である。この木は格が最も高いそうで、霊峰富士を形作るに最もふさわしい。小国神社の「ことまち横丁」の一角に松山順一作品の展示販売コーナーがあるので、今回の展示会を見逃した方は是非お出かけいただきたい。

「桜田門外の変」(9月11日)

昨年封切られた映画「桜田門外ノ変」(佐藤純弥監督)をDVDで観た。このような重厚な歴史時代劇が映画化されたのはいまの時代にあって誠に喜ばしい。「プライド」や「ムルデカ」の系譜につらなるかも知れない。事件に到った経緯も丁寧に説明されている。黒船で日本を威嚇し開国を迫ってきたアメリカとの条約を和親のレベルに留めていたものを、(日本が列強の餌食になる可能性の高い)通商条約を勅許なしに(しかも日本に不利なかたちで)締結した井伊直弼に天誅が下されたのである。日清、日露を戦い、独立自主を守ってきた祖国日本は、大東亜戦争に敗れたため、みじめなかたちで自国の文化・伝統
の根幹を破壊され続けている。その発端が井伊大老が推進した通商条約だったのである。いまでいうとTPPを推進することに通じている。200年以上も鎖国を続けていたために白人列強と闘うための十分な軍事力がなかったというのが井伊直弼の言い分であったが、守るべきものの優先順位が日本という国の国柄に沿っていなかったのだ。そのあたりの見識が水戸の徳川斎昭や越前の松平春嶽とは異なっていた、というか脆弱であった。水戸には、湊川神社に楠木正成公を祀った光圀公に代表されるように勤皇の志の流れがあり、「大日本史」編纂事業など学問の蓄積がある。”矛とりて 守れ宮人 九重の 御階(みはし)の桜 いま盛りなり”という孝明天皇様の御製にも呼応しているところがある。事件は桃の節句の日,季節外れの雪が降りしきっていた。万延元年(1860年)、今から約150年前のことである。ちなみに、井伊直弼の首級を獲った
薩摩の有村次左衛門(当時21才)は、参議院議員・有村治子氏(http://www.arimura.tv/)のご先祖にあたる。
    

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