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ブログ

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神武天皇即位から2672年。今日は建国記念日である。いや、建国記念の日というらしい。戦前は紀元節だった。今日の午後一時から「浜松市建国記念の日奉祝式典」がはまホール(旧教育文化会館)でおこなわれたが、その来賓あいさつで”建国祭、紀元節”という言い方をしたのは城内実衆議院議員だけであった。敗戦後GHQのおせっかいでしばらく中断を余儀なくされていたが、昭和41年、佐藤内閣の時に復活した。そのために汗をかいたのが石原慎太郎・現東京都知事である。戦後、日本の祝日が実にあいまいなものとなった。清涼飲料のように、さらっとしているが本物の滋養はない。GHQの怨念に基いて言い方も変えられ、明治節が“文化の日”となったりした。また自公連立政権によって日日までも連休を優先する形で便宜的なものとなった。昭和27年のサンフランシスコ講和条約で主権を回復し、経済的な復興と繁栄を果たしたものの、今はまた日本は凋落の傾向にある。自主防衛を怠ったつけである。祖国日本の再建はいまマスコミに出始めている”石原新党”に期待するところ誠に大きい。三島由紀夫霊も見守っているに違いない。”内閣総理大臣・石原慎太郎”が誕生する日の近いことを切に願うものである。でなければ、美しい国日本は蘇らないだろう。
戦前の文部省唱歌の歌詞は”やまとことば”で書かれている。一音一音が母音と一緒になっており、右脳の働きを活性化すという。戦後の音楽教育はこの唱歌を教えることに熱心でなくなっている。
「報徳ライフのすすめ」(1月14日)

さわやかで清潔感溢れる装丁

午前9時より「西遠連合報徳社」の常会に出席した。今日の講話は経営コンサルタントの金澤明望氏で、マラソン体験のことから始まった。
完走するためには、どんなにしんどくても歩いてはいけない。ジョギング程度の遅いスピードでもいいから走り続けることだというさわりが非常に印象に残った。このことはいろんなことに通じるように思った。正に継続は力なり、である。お話は多岐に亘ったが、75歳のご高齢とは
思えないほど若々しく明るい雰囲気がよかった。講話のあとは新年会に移り、同じ会場でお弁当を皆でいただいた。その席で大日本報徳社・榛村純一社長(元掛川市長)の近著「報徳ライフのすすめ」(清文社刊)が希望者に提供された。挙手をしてさっそくいただいた。副題は”二宮金次郎からTPP,東日本大震災まで”である。市長として”生涯学習都市宣言”をされた名物市長だけあって、論旨、理念が明快である。先月の講話で紹介された鈴木藤三郎(周智郡森町出身)のことにも一章が割かれている。読みやすく、為になる本である。

Try again,復興への意志(12月31日)

掛川・粟ヶ岳の山頂から望む今年の初日の出(撮影:山田繁之)

今年7月末に歌手・長淵剛氏が被災地・宮城県石巻市で激励のコンサートを開いたという。歌の力、音楽の持つ力はやはり凄いと思った。祖国日本への熱い想いが根底にある。救済活動を続ける自衛隊の方々を激励するコンサートは感動ものである。”Try again for Japan"と
題された日和山のコンサートには小学生児童を中心に1000人があつまったという。標高56メートルのこの低山には闘いの神様・タケミカズチノミコトを祀る鹿島御児神社が鎮座している。遅ればせながら、このことを知った今日という日が平成23年最後の日であり、明日から新しい年が始まるという巡り合わせに不思議なものを感じる。長淵氏が鹿児島出身であることも、うなずける。日本もまだ捨てたものではないかも知れない。転回点である。”東の野にかぎろひの立つ見えてかえりみすれば月かたぶきぬ”(柿本人麻呂)
三方柑(12月25日)

栗原幸彦画「三方柑」

三方柑を西の方角に置くとお金が入ってくるという。日本画家の栗原幸彦先生から伺った。今日のお昼過ぎに滝沢町(浜松市北区)にあるアトリエにお邪魔した時のことだった。孔雀を始め、いろんな鳥、動物また桜や梅など、画材をご自宅の敷地の中で飼育し栽培しておられる。自然との一体感の中で創作している稀有な画家でいらっしゃる。
  http://www.infortainment.jp/artist_info/main.php?mode=detail&article=2

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