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闘う日本(5月20日)

産経新聞社刊の「闘う日本」(1300円)

東日本大震災被災地を撮った記録写真集が新聞社各社から相次いで出版され、本屋の店頭に横積みで販売されている。しかし、3月16日の今上陛下のお言葉や、両陛下による被災地行啓行のことにページを割いているのは、唯一社 産経新聞社のみである。何故だろう?「君民一体」が日本の国柄であるのに、君(天皇陛下)と国民とを切り離しているのだ。同じいたわりの言葉でも、天皇陛下が発せられると皆感極まって泣いてしまうという。誠に国民にとって有り難いご存在なのだ。今政府が機能していないと言われているが、そうであっても何とかギリギリのところで持ちこたえれれていられるのは、まさに今、
天皇陛下と国民が直結しているからなのではないだろうか?

フェルメール《地理学者》(5月19日②)

渋谷・東急文化村ミュージアムで「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」を開催中だった。入場料1500円であったが、木曜日だというのに会場は”イモ洗い状態”だった。入り口近くにハッとする作品があったが、それはレンブラントの《サウル王の前で竪琴を弾くダヴィデ》だった。フランクフルトのシュテーデル美術館から借りてきたという多数のオランダ風景画や肖像画、静物画が展示されていたが、さして興味も惹かれなかった。目指すフェルメールの《地理学者》の前は
柵の結界が設けられていて人だかり状態であった。8号位の小品で、照明の反射がないように工夫されていた。大航海時代の資料として、この作品に描かれている地球儀や部屋の壁紙、そして地理学者が纏っている衣服などについてビデオで解説を加えていた。以前フランクフルトの上記美術館で見たはずであるが、そのときのことは記憶にない。レンブラントと同様、
光の効果をうまく使っていて画面に求心力がある。デルフトの青を思わせる衣服が画面の中央にあるのも効果的だ。東急文化村の建物は静岡グランシップと同様、”船”がコンセプトとなっており、大航海時代に制作されたフェルメールの作品を展示するのにはふさわしい場所である。今月22日で会期が終了する。

壁画・明日の神話(5月19日)

岡本太郎の巨大壁画「明日の神話」(1969年作)を初めて見た。井の頭線・渋谷駅に幅30メートル/高さ5.5メートルの色鮮やかな作品が常設されている。原爆投下の悲劇がテーマだ。大阪万博(1970年)のメインゲートの前に設置された「太陽の塔」と同時期に制作されたこの壁画は8年前にメキシコで発見された。帰国・修復後どこに展示するかで広島、大阪、そして東京(渋谷)で競ったようである。昭和20年(1945年)8月、アメリカによる人類史上初めての原爆投下であった。この大虐殺は国際法違反の国家犯罪である。ドイツに投下せず、日本に投下したのは、根底には黄色人種に対する人種差別がある。その蛮行を描くには、やはりこれだけのスケールが必要だったのだろう。メキシコの壁画家・シュケイロスとも交流があったに違いない。ナチスによる虐殺を描いたピカソの「ゲルニカ」を意識しながら描いたのだろうと想像する。マドリッドのプラド美術館別館で「ゲルニカ」を見たことがあるが(1982年)、モノクロで幅もこの「明日の神話」の半分以下であったろうか。岡本太郎の「明日の神話」は、ミロやカンデインスキーの作風を想起させる。この大作はしかし、前を通る群衆の誰一人として見上げようとせず、ただ急ぎ足でそそくさとすぎてゆく。「太陽」と「原爆、両者に共通するのは”核融合”である。自然の核融合である「太陽」の塔を見たのは、というかその目の前のあるレストランでアルバイトをしていたので、万博会期中は毎日眺めていた。早朝にカラスが塔に止まっているのを見て、映画の羅生門の廃墟を想像したりしていた。一対の作品のかたわれである「明日の神話」を見るまで実に40年のインターバルがあった。しかも福島の原発事故の後に見る機会が訪れようとは...。この作品の副題は「ヒロシマ・ナガサキ」というらしい。「明日の神話」ではよく解らない。

マーラー没後100年(5月18日)

1892年、マーラー32才の写真。この年にハンブルク国立歌劇場の音楽監督に就任。

今日は作曲家マーラー(1860-1911)の没後100周年の日である。昨年が生誕150周年であった。もう25年も前のことであるが、マーラーが亡くなった5月18日にウイーンに行く機会があった。ベートーヴェンが亡くなった1827年3月25日が嵐の日であったように、マーラーの亡くなった1911年5月18日もまた同様の嵐の日であったという。美わしの五月に嵐の悪天候があったとは信じられない、ということで夕方マーラー終焉の地のレーヴェ療養所の前に行った。何としばらくしてからやにわに黒雲が立ち込め始め、雨が落ち始め風も出始めたのであった。1911年の当日の夜の様子はマーラーの妻・アルマの手記「グスタフ・マーラー 回想と手紙」(白水社)に詳しい。マーラーの最後のことばは、”モーツアルト!”だったという。ちなみに、マーラー没後100周年記念の演奏会が、「交響曲第2番」を演目に静岡市民文化会館で予定されているようだ。(6月4日)

敬神生活の綱領(5月17日)

1.神の恵みと祖先の恩とに感謝し
   明き清きまことを以て
 祭祀にいそしむこと

1.世のため人のために奉仕し
 神のみこともちとして世を
 つくり固め成すこと

1.大御心をいだきてむつび和らぎ
 国の隆昌と世界の
 共存共栄とを祈ること

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