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ブログ

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謹賀新年(1月1日)

三方が原台地より、平成23年元日 午前6時54分

新しき年の始めの 初春の 今日降る雪のいや重(し)け 吉事(よごと) 大伴家持(養老2年/718年~延暦4年/785年)
 
朝6時54分過ぎ、初日の出を拝む。自宅からちょうど一里(4キロメートル)車を走らせた所にある三方が原台地のはずれである。半分以上姿を現していたが、とにかく今年最初の日の出である。その神々しい御姿をしっかりと目に焼き付けた。帰宅後、初めてお屠蘇なるものを飲んだ。薬草酒みたいなものだろうが、滋養強壮を連想した。そのあとに、やはり自宅から一里の近くにある花の舞酒造の「初しぼり」を飲んだ。ここのお酒は熱燗で美味しく値段も生活応援的な「つう」があるが、その多くは常温あるいは冷やで飲むと美味しいように思われる。高田社長は文化活動への支援にもご理解のある方で、2ヶ月に一回講師を招いて浜松市内で”花の舞文化倶楽部”なるものを主宰され、また各種文化事業への協賛活動も展開されておられ、先義後利を実践しておられるようにお見受けしている。
 

十二月三十一日(12月31日)

年越し蕎麦。でも何故蕎麦なのか?

今年最後の日。泣いても笑っても今日で平成22年は終わり、明日から新しい年である。先日21日にめでたく還暦を迎えたが、静かな気持ちで新しい年を迎え、じっくりと新たな旅路を歩むつもりである。

水戸芸術館(12月30日)

水戸芸術館開館10周年記念誌、監修:磯崎新、発行:(財)水戸市芸術振興財団1999年

静岡グランシップは建築家・磯崎新氏の設計である。初めて氏の設計になる建築を目にしたのは、今年創立20周年を迎えた水戸芸術館(館長:吉田秀和氏)である。これは水戸市制100周年の記念事業として当時の佐川一信市長(故人)が肝いりで建てたもので、建物だけでなくその運営面でも秀逸なものがある、地方都市にあっては珍しい一級の文化芸術施設である。叔父がその理事に就任していたことも関心を高める一因であったろうか、当時パリにいた私は佐川市長に芸術館の建設、運営事業を称え、感謝するというファンレターみたいなものを書き送った。すると早速応答をいただき、日本に出張するちょうどその時期に開催されるコンサート(平成2年/1990年4月8日)への招待券を送って下さった。水戸室内管弦楽団を小澤征爾氏が指揮、ロストロポービチのチェロという何とも豪華メンバーによるハイドンのチェロ協奏曲であった。
水戸芸術館の外観には高さ100メートルのアートタワーとピラミッドの前の滝がシンボリックに配されており、芸術館をしっかりと運営していこうという推進力の意志表示のように映る。開館10周年の記念誌に次のように書かれている。”文化施設を活かすのは、行政の機構や段取りや、いわんや集票のための目くばりなどではなく、企画、構想、設計、運営、管理、演出、上演、展示に直接関わる特定の個人が大きい役割を果たしていることです。”

静岡グランシップ(12月29日)

静岡グランシップと富士山

静岡グランシップに赴き、「静岡の魅力フォトコンテスト入賞作品展」の会場設営をする。島田から来てくれた山田繁之君と焼津に住む彼の友人に手伝ってもらい、またグランシップ企画制作課の河合さんの助言をいただきながら効率よく写真作品32点を飾ることが出来た。これは今年7月から11月にかけて県下5会場を県の主催(インフォテイメントへ運営委託)というかたちで巡回したもので、ひとつひとつを見ていると懐かしさがこみ上げてきた。県文化財団が10年前から2年に一回開催してきたフォトコンテストでの入賞作品で、技術的に力作揃いであることはもちろん、それぞれの作品に物語が感じられ、写真展の会場は作品と来場者の方々との心の交流の場となっていたのを思い出した。
夕刻に駐車場に向かうと、グランシップの建物の左側に夕陽を受けて茜色に染まった霊峰富士が見えてきた。今年の仕事納めのこの日、富士山の美しい姿を見れたこと、それは何より有難いごほうびのような気がした次第である。

パウル・クレーとドイツ・ロマン派(12月28日)

ドイツ・ロマン派の詩人ノヴァーリス(1772-1801)

ベルンのパウル・クレー美術館はモダンな建物で、7年ほど前に完成した。3度目のベルン訪問時に中に入った。激しく雨の降る日だった。http://www.paulkleezentrum.ch/ww/en/pub/web_root.cfm
暗めの照明の中で「青い花」に強く心牽かれた。ドイツ・ロマン派の詩人ノヴァーリスの同名の小説に因んでいるのだろうか?かつてこのノヴァーリスの故郷(ヴァイセンフェルス)を訪ねたことがある。あれは当時東ドイツに位置していたライプチッヒの近郊ではなかったか?彼は「魔法的観念論」といった一種のオカルテイズムのドイツにおける祖であった。14歳で亡くなった恋人ゾフィーの墓参りをしていた時に体験した死者との交霊という神秘体験がそのきっかけであったという。「青い花」はその神秘世界の象徴である。写真はノヴァーリス縁の教会で買い求めた肖像画である。2枚買い、一枚は「ヨーロッパの闇と光」(イザラ書房)の著者で、R・シュタイナー研究家・日本人智学協会代表の高橋巌先生にお贈り申し上げた。

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