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ブログ

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縄文柿(12月6日)

柿の季節が終わりかけ、蜜柑の売り場が幅をきかせ始めた。次郎柿で有名な浜松市北部の街道をちょっとそれたところで
まだ沢山の実を付けた柿の銘木群に出くわした。葉はすべて落ち、よく熟れた柿の色が青い空に映えている。太い幹と複雑に入り乱れる枝ぶりとが、まるで縄文の火焔形土器のように見えた。岡本太郎がこれを見たら、”柿も縄文だ!”と言うかも知れない。
縄文土器を連想させる柿園に出くわしたのも何かの思し召しだろう。古代からの呼びかけだろうか?初めて縄文土器や埴輪を見たのは、岡田茂吉翁が創設した箱根美術館(熱海のMOA美術館の姉妹館)だったが...。
   http://www.moaart.or.jp/hakone/index.html

モーツアルト(12月5日)

今日は、作曲家W.A.モーツアルトの命日である。35歳の生涯で626曲もの作品を遺したが、その最後の作品は「レクイエム」であった。しかも、オーケストレーションが完成していたのは、第8曲目の「ラクリモーサ」(涙の日)の第8小節までであった。この「ラクリモーサ」を高校一年の時、混声合唱部のクラブで歌ったことがある。そういうこともあって、大学4年生のときに「音楽の友」という雑誌に投稿したエッセーのタイトルは”モーツアルトの死”であった。初めて活字になった自分の文章を見て、とても嬉しく小躍りしたことを覚えている。それから5年後、ある楽器メーカーのドイツ駐在員として赴任後、夏休み
を利用して車でハンブルクから右周りで、東独、チェコ経由でウイーンに入った。国立歌劇場(Staatsoper)近くにある聖シュテファン教会の一角にモーツアルトが亡くなった後その棺が置かれた場所に出くわした。その時は今から31年前の夏であったが、3年前の11月20日過ぎにまさにモーツアルトが亡くなった同じ時候に再びその場所に行く機会があった。モーツアルトが最後の息を引き取った住居はそこから目と鼻の先のところだった。

 


伝統の継承(12月4日)

今朝6時31分に青森新幹線第一便「はやて12号」のが発車した。東京~青森間を最短3時間20分で結ぶという。鉄道が開通した明治28年に24時間、昭和に入ってからも17時間かかっていたという。それが一気に5分の1に短縮された。日本の鉄道技術の素晴らしさに驚嘆するが、またその新幹線の車体のデザインに、零式戦闘機(通称ゼロ戦)開発技術が継承されていることにも思いが到る。日本自前の大型石油タンカー「出光丸」が造船されたのも、戦艦大和を造った技術者が貢献している。
継承する、後につなげるということでは、今朝10時にスタートを切った”しずおか市町対抗駅伝”もその類であろう。会社や学校別で区切るのではなく、市町という地域社会間で競い合うというのも今年で第11回であるが、このやり方を考案された方に拍手を送りたい。テレビ中継でこの駅伝の様子を見ていると、画面に静岡県のいろいろな市町の名前が出てきて、それを観ていると静岡県民なんだなあ、という気持ちが湧き上がってくる。ただ、市町村から村が消えて市町になってしまったことには一抹の寂しさを覚えるというよりも、村という農業を象徴する地域社会が片隅に追いやられている、という印象を否めない。
工業やサービス業といった第二次、第3次産業振興のしわ寄せの対象になっているのではないか?日本という国が真に自立するための食の安全保障を考える時、工業分野への偏りを是正することが、今後必要な構造改革であろう。つまり、明治維新以降の日本が突っ走ってきた近代化路線の点検と修理固成が緊急の課題である。インフォテイメントが社是として掲げている”日本美を世界に発信”というキャッチフレーズも、自然との一体感を目指すという意味で米作りを中心とした農業分野の保護育成(棚田の景観の保全など)の理念と同根である。(先般県下5会場を巡回したか「静岡の魅力フォトコンテスト入賞作品展」の会場で、静岡の山村の美しさを活写した作品を観ていてそのような思いを強くするきっかけとなった)写真は浜松市北部在住の”農民作家”鈴木一記氏の写真集ちらしである。

 


美しい明治人(12月3日)

「坂の上の雲ミュージアム」(松山市一番町)、秋山兄弟の生家至近(筆者撮影)

NHKで「坂の上の雲」第二部の予告を放送していた。母校・松山東高校(旧制では松山中学)の大先輩である正岡子規や秋山真之が主人公であるだけに距離がぐっと近くなる。ちなみに、この小説の作者・司馬遼太郎氏は大学(大阪外国語大学)の大先輩である(こじつけに近いですが)。
秋山真之の妻を演じる石原さとみさんは当時の髪型が良く似合い、まばゆい位に可愛らしい。「坊ちゃん」のマドンナ役でもいいくらいだ。その彼女が自分の役柄を演じた感想を述べていた。曰く、結婚をしたばかりなのに、戦地に赴く夫に対して”留守はわたしがしっかり守りますので心置きなく立派に戦ってきて下さい”と言って夫を送り出すなんて、凄いことだと思います。役を演じることによって、かつての美しい日本の心に触れることが出来るのは何よりの道徳教育ではないかと思った。日本海海戦の勝利は、戦った軍人と銃後の守りがしっかりとした靭帯で結ばれていたことも見逃せない要因であるとも思う。

ちっちゃな文化展、掛川市横須賀(12月2日)

ちっちゃな文化展、3年前のマクラメ展示作品

今なお残る古い町並み、街道を舞台にアート、工芸品の作家が作品を展示、小さいながらも”晴れ”の世界を演出しようという試みが続いている。毎年10月下旬に開催され、もう14回目を迎えた。このホームページを飾るマクラメ作家の鈴木真弓さんも出展の常連である。マクラメとは、アラビア語の「マクラム(格子網み)」を語源とし、絹、麻、羊毛、綿などの素材を紡ぎ、ほぐし、結ぶという根気のいる手作業によって、正に”編み出される”表情豊かなオブジェである。”ひと結び一回、創作の時間が見えるマクラメに出逢えて、作っている時間が一番楽しい時。特別に早くせくこともなく、いっぱいの時を使って、糸で線を描くように自由に動いていく面を創る。自然の流れのままに、心にそうように糸と向かい続けたい。”(鈴木真弓) ”富岳ビエンナーレ”に「なごり」という 200x180cmの大作で応募したという。今月12日(日)に審査結果が発表されるとのことにて、入選をお祈りしたい。ホームページにも何点かの力作を出展していただいているので、ご覧下さい。
  http://www.infortainment.jp/on-line_shop/main.php?mode=list&cat=5
ちなみに、ここ横須賀は、静岡グランシップが隔年に開催している「静岡の魅力フォトコンテスト」の審査委員長を第5回(平成21年)まで務められたカメラマン大竹省二先生のふるさとである。


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