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ブログ

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わたつみ(6月2日)

辻井喬著「わたつみ」三部作

本日夕刻より、21世紀倶楽部主催の特別講演会が浜松駅前のプレスタワー17階で開催された。講師は、作家でセゾン文化振興財団理事長の辻井喬氏で、演題は「日本人が大切にしなければならないもの」であった。氏は昭和2年(1927年)のお生まれで現在84才、ご親交のあった故・三島由紀夫氏より2才お若い。お話は、やはり今回の東日本大震災に触れるところから始まった。混乱の中でも、東北の被災者の方々が秩序と譲り合い、助け合いの心で行動された;地方に立派な見識の政治家が多くいるのが分かった;阪神淡路大震災にと異なり、被害規模の大きさや原発事故がからんでいることから国際的な影響度が高い;米国中心のグローバリズムは消滅しつつあるが、今回の大震災を機に日本が政治、経済の両面で
米国の従属的位置に最構築される危険性がある;忍耐力や共同体意識の高さ、そして地方自治の台頭が日本の底力と
なる;日本の政党は信頼性を失い、賞味期限が終わっている。次回の選挙では、大阪や名古屋の地方政党が伸びるのではないか;中国は近代国家としては疑問符が付く;日本流の近代というものがあるのではないか?;日本のメデイアは米国のメデイアの支配下にあるなど、広範囲に亘って私見を述べられた。約200人の聴衆が熱心に聞き入っていた。氏が10年前に出版された”わだつみ三部作”を携えていったが、残念ながらサインをいただく機会がなかった。
自然への賛歌②(6月1日)

グスタフ・マーラー(1860-1911)の交響曲第3番は演奏時間100分を要する長大な作品で、ギネスブックにも載ったようである。交響曲は普通4楽章編成であるが、マーラーの場合変則的である。5楽章以上のものが全10曲のうちちょうど半分、5曲ある。時代はまさに産業革命後の帝国主義勃興の時代で、大英帝国を筆頭に欧州各国は植民地経営=”膨張主義”が時代の華であった。そのの空気をいちはやく嗅ぎ取って表現される芸術作品も大掛かりなものとなったのであろう。この「第3番」は6楽章編成で、後期ロマン主義の芳しさをちりばめるように、各楽章にマーラー自身が文学的な標題を付けている。最終楽章は、”Was mir die Liebe erzaehlt:愛が私に語ること”となっている。アッター湖(ザルツブルクの近く)の湖面のように静寂の世界とがっちりリンクしているように、モーツアルトのジュピター(交響曲第41番)の終楽章の様に、ただひとつのメロデイーが終始一貫して流れてゆき、遠きかなたに吸い込まれてゆくように消えてゆく。協調と融和の世界観がそこに色濃く表現され、主張されているようだ。対立する要素が対位法的に葛藤する世界ではない。東洋的和の世界に徹している。全部で100分の演奏時間を要するこの交響曲は、8本のホルンの斉奏で勇壮に始まり、弦楽器群が奏でる単一のメロデイ合奏を中心に、一時大きく盛り上がった後、静かに終わる。ちなみに、数年前に亡くなったベルギー20世紀バレー団の主宰/モーリス・ベジャール氏はこの曲を基にバレー作品を創作したことがあるが、氏もこの”協調と融和”の精神に共鳴したのだろう。(なんと、今年11月3日、4日に東京文化会館でその公演があるようだ!)
日の丸は最高のアート(5月31日)

私たちの祖国日本の国旗は「日の丸が白地に赤く染められて」いる。白と赤、この組み合わせは誠にめでたい。赤は丸く、太陽であり、白は月である。日出る処の国、日本。これは太陽神である天照大御神がお生まれになり最高の徳をお示しになっている国、という意味ではなかろうか?単なる地理的意味合いではない。神社にお参りすると左右に灯篭があるが、明かりが漏れてくる部分は太陽と月となっている。陽と陰、陰と陽である。清き明き誠をシンボリックに美しく表現している。簡素で美しい。ゆえに、日の丸は最高のアートであると思う次第である。日本国家の象徴として敬意を払い、みんなで大切にしたいものである。また、「君が代」は古今和歌集にある古歌に旋律が施された。日本は天皇を元首と仰ぐ立憲君主国である。君民一体のお国柄である。徳川家康公も色紙に「君が代は千代に八千代に...」としたためられている。「日の丸」と「君が代」は祖国日本のシンボルセットであり、不可侵のものである。清き明き心から生まれた”日本美”の粋でもある。永久に守り抜きたい。
自然への賛歌(5月30日)

オーストリアにあるアッター湖。ハンブルク時代のマーラーは夏休みをここで過ごした。

マーラーの交響曲第3番のコンサートをテレビで放送していた。この曲はアッター湖畔の作曲小屋で作曲された。1895年のことである。この湖は東西20キロメートル、南北4キロメートルのオーストリア最大の湖である。ハンブルクにいたとき一度だけ訪ねたことがある。大雨の日だった。宿をとってその一階のレストランで夕食を食べていたとき、雨に加えて雷が轟き稲妻が光った。自然の威力の凄まじさを体験した。マーラーはここで自然のいろんな様相を肌で感じながら交響曲第3番を作曲したんだろうなあ、と想像した。ある日、湖の向こう岸から船で訪ねてきた弟子のブルーノ・ヴァルターにこういったという。”きみはもうここの景色を見る必要はないよ。新しい交響曲の中にここの自然のすべてを表現しておいたからね。”

浜松文芸館講演会(5月29日②)

今日は台風2号接近のせいか雨風が強かった。浜松城公園に隣接する文芸館で、午後1時半より太田誠・元駒沢大学野球部監督の講演会が開催された。以前何度かお話を聞かせていただく機会があったが、ご自身が実践され経験されたことがベースになっているため、迫力と説得力があり、そしてそのお話し振りから、強く美しかったかつての日本の姿が偲ばれることは誠に有難い。こういう方がまだお元気で、そればかりか引退後も講演会などの活動(文化の継承、バトンリレー)をなさっていることに、まだまだ日本も再生の望みがあるのでは?諦めちゃいけない!と感じていた次第である。今日の講演会は文芸館主催のため、「自分史を書くヒント」という演題であったが、その周辺のお話が滋養となっている。小さい頃から遠州灘で櫓船を操り、また農作業の手伝いをされていたことがその後の野球選手としてのご活躍(首位打者を2回)、母校の監督としての「野球道」醸成に繋がる原点ではなかろうかと推測していたが、やはりそうだった。つまり、”自然との一体感”を軸足にして生きて来られたということだ。また、以前大阪の上新電機の会議室の壁に掛かっているのを見たことがあるが、松下幸之助翁の色紙に書かれていた”素直”な心も浮かんでくる。お話は多岐に亘り、約50人の聴講者はその世界に引き込まれ、うなずいたり声を出して賛意を表していた。予定の90分はあっという間に過ぎた。
 ・良き習慣は修業に勝る。
 ・原点を観る。
 ・野球を通じて人生の生き方を追求した、それが優勝回数の多さにつながるという信念でやった。
 ・朝の時間をどう使うかによってその一日は決まる。朝は金(きん)。
 ・夏の冷房は体に良くない。自然が一番。暑いときでも、熱いお茶を飲む、梅干を食べる。それが健康の素。
 ・汗をかけ、失敗を恐れるな、恥をかけ。
 ・姿は心をつくり、こころは姿をつくる。言葉にそれが反映される。
 ・”隠し”や”逃げ”、”諦め”、そして”うそ”は駄目。
 ・我逢人~道元禅師の言葉で、すべて人と逢うことから始まる~
 ・「絆」を何よりも大切にしている。
 ・「信」「義」「仁」
 などの箴言をいただいた。また会場で配布された静岡新聞・窓辺欄への連載の最終回(平成19年3月26日)は次のように締めくくられている。”偽者人間がはびこる社会は、華やかに映っても見せかけにすぎない。そんな社会とは一日も早く縁を切りたい。” 最後に著書「球心はいまだ掴めず」を出版するにあたって大変お世話になったという作家・門田隆将氏の著書が紹介された。
 ①甲子園への遺言(講談社) ~伝説の打撃コーチ・高島導宏の生涯~
 ②この命、義に捧ぐ(集英社) ~台湾を救った陸軍中将・根本博の生涯~
 ③蒼海に消ゆ(集英社) ~祖国アメリカへ特攻した海軍少尉「松藤大治」の生涯~
予定の時間を大幅に上回り、万雷の拍手で会は閉じられた。ちなみに、会場前で販売されていた著書の売上げは全額、東日本大震災の被災地に義捐金として寄付されるとのことである。今日は悪天候であったが、とにかく大きな指針と元気をいただき、気分が昂揚し心晴れ晴れとなった次第である。
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